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兄の帰還 壁越しに聞こえる妻の嬌声
第2章 壁越しに聞こえる妻の嬌声
一週間後、僕と琴美は、兄を空港まで送っていくことになった。早朝の便ということで、空港近くのホテルで一泊する。僕たちは、ホテルのレストランでディナーを取り、兄の新しい門出を祝うことにした。

「兄さん、オーストラリアには、どのくらい滞在することになるの?」

僕が聞くと、兄はワインを飲みながら、

「とりあえず1年だけど、その後はわからないな。3年になるか、それとも5年になるか……」

「今度は事故に巻き込まれないように気を付けてね。もう二度とあんな思いはしたくないわ」

琴美は、心配そうに眉間に皺を寄せて兄の顔を見ている。

「ああ、わかってる。注意するから、そんな怖い顔するなよ」兄は苦笑いした。「そんなことより、颯太、琴美のこと頼むぞ。こいつしっかりしてるようで、意外と泣き虫だからさ」

「将生さん、何言ってるのよ、もう……。私、泣き虫なんかじゃないからね」

そう言う琴美の瞳は、今にも涙がこぼれそうな感じにウルウルしていた。

「そうだったな。琴美は、もう立派な奥さんだもんな」

「そうよ、私は、立派な奥さんよ。ね、颯太くん」

琴美は、僕に同意を求めたが、僕の方は見ていなかった。じっと兄の顔を見ている。

兄も琴美を見つめていた。

兄さん……。琴美……。

二人の間に僕の入る余地はなかった。

言葉で言うほど簡単に愛する人を諦められるものじゃない。二人の切ない気持ちが、僕には痛いほどよくわかった。だからと言って、兄に琴美を譲ることもできない。でも……。

僕は、二人のためにある決心をした。
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