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兄の帰還 壁越しに聞こえる妻の嬌声
第2章 壁越しに聞こえる妻の嬌声
静かになった。誰一人、言葉を発しようとしない。

どのくらいの時間が経ったのだろう。僕にはすごく長い時間に感じられた。それでもせいぜい5、6分くらいなんだろう。

沈黙を破ったのは、やはり琴美だった。

「本当にそれでいいのね。私、本当に将生さんの部屋に行っちゃうよ」

「琴美、ちょっと待て……」兄が慌てて言うのを、「将生さんは黙ってて」と琴美は途中で遮った。

「本当にいいのね?」

「うん、僕は大丈夫だから……そうしてくれ、琴美」

しばらく沈黙したあと、

「わかったわ。私、行くね。将生さんの部屋に行くね」

琴美は涙声だった。

「……」

僕はもう返事をするのをやめた。

「い、いいのか、琴美?」

兄が琴美に確認するのが聞こえた。

「うん、それが颯太くんの願いだから……」

「でもなあ……」

「いいから、将生さん、行きましょ」

「あ、ああ」

「颯太くん、お休みなさい」

琴美の足音が遠ざかっていく。

「颯太、本当にいいのか?」

兄が、僕だけに聞こえるように小さな声で言った。

「うん、僕のために、そうして欲しい」

兄は大きなため息をつくと、

「わかったよ。颯太、ありがとうな」そう言って立ち去った。

部屋の前から二人の気配が消えると、僕は、その場に座り込んだ。

本当にこれでよかったのだろうか。

頬を涙が伝って落ちた。
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