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恋する真珠
第1章 海と真珠
…大っ嫌い…大っ嫌い…大っ嫌い!
何あのひと…!何あのひと!

走りながら、先ほどのスナックの女の姿が鮮明に蘇る。

…はちきれそうなバストに豊かなヒップ…。
漂ってきた香水はいかにも男を誘惑するような露骨な香りだった。

…下品な…けれど、男を惹きつけるフェロモンに満ちた女であることはまだ子どもの瑠璃子にも分かった。

涼太の口から澄佳の名前が出てきたこともショックだった。

…どうせ私は痩せっぽちのチビだし、澄佳さんみたいに女らしくもないし、ド圏外ですよ!

身体中を怒りに漲らせ、息を切らせながら走り続ける。

…と、不意に薄暗闇に紛れて見えなかった僅かな段差に躓き、派手に転んでしまった。

「あっ!」
転んだ拍子に脚を捻り、その痛さに思わず呻く。
「痛…っ!」

「瑠璃子!大丈夫か⁈」
直ぐ背後から涼太の険しい声が近づいてきた。
「…痛い…!」
べそをかく瑠璃子の傍に、涼太が素早くしゃがみこむ。
「見せろ」
涼太のがっしりした手が瑠璃子の白く華奢な足首をそっと掴む。
「どこが痛む?」
「…あ、足首…」
「捻ったか…。靴、脱がせるぞ」
有無を言わさずに黒革のローファーが脱がされる。
「動かせるか?」
慎重な動きで瑠璃子の足首をゆっくりと回す。
「…う…ん…」
ゆっくりとなら大丈夫そうだ。
けれどやはりずきずきと鈍い痛みが走り、滑らかには動かせない。

涼太の大きな分厚い手が、壊れものに触れるように瑠璃子の踵やつま先に触れ、丁寧に再びローファーを履かせた。

「軽い捻挫だな。荷物はこれだけか?」
「う、うん…」
涼太は俊敏に瑠璃子の鞄を手にすると、しゃがんだまま逞しい背中を向けた。

「早く乗れ」
…言っている意味が分からない。
「…へ?」
「おぶされ。酒を飲むから車は置いてきたんだ。
このまま家まで送る」
「ええっ⁈おんぶ⁈
い、いいよ!恥ずかしいよ!」
たじろぐ瑠璃子に鋭い渇が飛んだ。
「何が恥ずかしいだ馬鹿!早く冷やさないと腫れが酷くなるだろうが!
…お前、バレエをやっているんだろう⁈
踊れなくなったらどうするんだ!いいからとっとと乗れ!」
「…涼ちゃん…」
瑠璃子は息を呑んだ。
…以前、雑談の中でバレエを習っていることは打ち明けた。
これから横須賀のバレエ教室に通うことも…。
けれどまさか、涼太がそんなことを覚えているとは思わなかったのだ…。
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