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恋する真珠
第1章 海と真珠
「…どうぞ。熱いから気をつけて」
青年は紙コップに入った熱いココアを瑠璃子に手渡した。
「あ、ありがとうございます…。
あの…お金…」
代金を支払おうとすると微笑んで首を振られる。
「自販機のココアだ。
気にせずご馳走させて」
「…ありがとうございます…」

客室の中はヒーターが点いていて暖かい。
秋とはいえ、夜の船上はしんしんと冷える。
まばらな乗客は備え付けのテレビを見たり、居眠りをしたりのんびりと思い思いに過ごしている。

瑠璃子と青年は、広い客室の長椅子に向かい合わせに座った。
…腰掛けた弾みで青年…財前の長い脚が瑠璃子の華奢な膝に当たりそうになり、財前はさりげなく身体をずらした。
その紳士的な仕草は、瑠璃子を安心させた。

「…ありがとう。一緒にお茶を飲んでくれて…。
あ、ココアとコーヒーか…」
ややぎこちなく笑う様子には性格の良さが現れているようだ。
「…いいえ…」
…なんとなく…好い人なんだな…。
瑠璃子は少し安堵しながらココアを一口飲む。
ありふれたごく普通の自販機のココアだが、淹れたてなので香りと甘みが、強張っていた身体と心をリラックスさせた。

「…あの…。名前を聞いてもいいかな?
…嫌なら下の名前だけでも…」
遠慮勝ちに質問される。

少し考えて、瑠璃子は口開いた。
「清瀧瑠璃子です。
清らかな瀧に瑠璃は宝石の瑠璃です」
財前が眩しげに瑠璃子を見て表情を綻ばせた。
「…すごく綺麗な名前だね。
君にぴったりだ」
「ありがとうございます」
…このひとは…ざいぜんさんだっけ…。
どんな字かな…。
思い巡らしていると、まるで心を読んだかのように
「僕は財務の財に前後の前。光る彦で光彦…。
…なんだか硬くてつまらない名前だね」
苦笑しながら教えてくれた。
「いいえ…」
つられてつい笑ってしまう。
瑠璃子の笑みを財前は嬉しそうに見つめた。

「…バレエ教室は…横須賀?」
「はい。港の近くです」
…ああ、と合点がいったように財前が頷く。
「だから君を港のそばで見かけたんだ。
いつも髪を綺麗にシニヨンに結っていたからとても目立っていた。
…すごく綺麗な女の子がフェリーに乗っている…て、最初は驚いたよ」
目の前で手放しに賞賛されてどうにも照れ臭い。

財前は優しい眼差しでコーヒーを啜りながら尋ねた。
「バレリーナ志望なの?
プロを目指しているのかな?」


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