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恋する真珠
第1章 海と真珠
漁港は丁度、漁から戻った漁師たちや漁業関係者たちで賑やかな声や活気に包まれていた。
そんな中、瑠璃子は興味深げにきょろきょろと辺りを見渡す。
母親の由貴子は心配そうに瑠璃子に日傘を差し出した。。
「大丈夫?瑠璃ちゃん…」
…入院して以来、数ヶ月ぶりの外だった。
「平気。…あ!あれ何?鮫?」
一隻の白い小型漁船の底引網から今、まさに鮫らしきものが打ち上げられたのだ。

小走りで近づきしゃがみこんで見つめる瑠璃子に、漁船から出てきた若く逞しい体躯の漁師が声を掛ける。
「あんまり近寄ると噛みつかれるぜ」
びくりと後退りする瑠璃子に小さく笑う。
「嘘だよ。そいつはもうお陀仏だ」
「…鮫…いつも捕れるんですか?」
見上げると、男は少し驚いたように眼を細めた。
「いつもは釣れねえな。
…たまたま底引網に引っかかったんだよ」
「怖くないんですか?鮫…人を食べるんでしょう?」
男は鮫を軽々と持ち上げながら笑った。
「映画やテレビの見過ぎだ。
人を襲う鮫なんてほんのわずかさ。
大部分は大人しくてむしろ臆病なんだ」
「…へえ…」
瑠璃子は恐る恐る鮫の額を突いた。
「…鮫肌ってほんとだったんだ…」

「…あんた、澄佳のとこに来たんだろ?」
瑠璃子は大きな瞳を更に見開いた。
「どうして澄佳さんのことを?」
「澄佳は俺の幼馴染だし…あんたの兄さんにも面識がある」
男は後ろで佇む柊司に眼で挨拶をした。
そうして、船内から取り出した小振りな発泡スチロールの箱を瑠璃子に手渡す。
「わっ!重い!」
思わずよろけるのに男はにやりと笑った。
「お嬢様は箸より重いものを持ったことがないのか。
この町に住むなら魚にも慣れろ。
…澄佳に料理してもらいな。今朝揚がったばかりの鯵とイサキと伊勢海老だ」
そう言い置くと、男はすたすたと船内に戻っていこうとした。

「あ、あの!私、清瀧瑠璃子です。
貴方の名前は?」
男は足を止め、悠然と振り返った。
男の分厚い背中越しに太陽の光が溢れた。
眩しくて瑠璃子は眼を瞬かせる。

「三島涼太だ」
男はあっと言う間に船内に姿を消した。

「…涼太さんか…」
こっそりと柊司のグラスのワインをひと舐めした時のように心臓がどきどきして、頰が熱く火照り出した。

…そうして瑠璃子は、まるで不思議の国のアリスがウサギの穴に転がり落ちるかのように、恋に落ちたのだ…。

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