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恋する真珠
第1章 海と真珠
…冷たい…!
全身が一瞬にして氷水のような海水に包まれた。
服を着た瑠璃子はそのまま鈍い重さを纏わりつかせながら海中へと沈んでゆく。

…私…泳げなかったんだ…。
必死にもがきながら、涼太を探す。
「涼ちゃん!」

…「夏になったら俺が泳ぎを教えてやる。
一日で泳げるようになるさ。
スパルタだがな」
涼太の太陽の王様のような笑顔が瞼に浮かぶ。
…涼ちゃん!
涼ちゃんを探さなきゃ…。
私のせいで…涼ちゃんが…。

もがけばもがくほどに、身体が深く深く海中に引きずり込まれる。
肺が重く、次第に手足の動きが緩慢になる。

…涼ちゃん…。
深い深いアクアマリン色の海にゆっくりと沈みながら…
瑠璃子はひとつの物語を思い出していた。

…あれは…バレエの海と真珠の物語…。

高慢ちきな姫君は愛を乞う王子様に、海の底から私の真珠を探してこいと命じるのだ。
純粋な王子は姫の命令に従い、海の底の世界に潜ってゆく…。
海底に煌めくひと粒の真珠を探し当てるために…。
わがままな姫君のために…。

…私みたい…。
ううん…。
違う。
姫は私じゃない。
私は…愛されていないもの…。
私は、涼ちゃんの愛を確かめたかったのだ。
涼ちゃんに振り向いて欲しかったのだ。
こんなに幼くて馬鹿な私が、涼ちゃんに愛される訳がないのに…。
馬鹿な私…。
どうしようもなく子どもな私…。
つまらない私の八つ当たりのために…涼ちゃんは…。

細かい泡が立ち込め、何も見えない。
音もない恐ろしいほどに静かな世界だ。

神さま…。
…私は、もう涼ちゃんに愛されなくてもいいです。
神さま…。
涼ちゃんを助けてください。
私の命は、どうでもいいから…。
涼ちゃんの命を…助けてください。

…涼ちゃんの…
…涼ちゃん…

「瑠璃子!しっかりしろ!」
…力強い涼太の声が聞こえた気がした…。
幻聴かもしれない…。
だって、海の中だもの…。
諦めかけて力を抜いたその腕を、力強く温かな手がしっかりと握りしめる。
「瑠璃子!」

…明るい光が差し込む天井に向かって、逞しい腕に抱きとられたまま地引網のように、ぐいぐいと引っ張りあげられる…。

…随分、天国は近いんだな…。
ぼんやり思いながら、瑠璃子は静かに意識を手放した。






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