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恋する真珠
第2章 恋するカナリア
「…なんだか腹が立ってきたな…」
瑠璃子は独りごちる。

「え?なあに?」
由貴子が聞き返すのに、明るく首を振る。
「ううん。なんでもない」
由貴子には聞かせたくない内容だ。
…海へ落ちた経緯を話さなくてはならないし、涼太の態度についても
「ほらね。やっぱり瑠璃ちゃんは相手にされていないのよ」と言われたくないのだ。

スーツケースの蓋をぽんと閉めて由貴子を振り返る。
「ねえ、ママ。
朱先生って恋人いるの?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。
瑠璃子の髪をブラシで梳かしながら、由貴子は首を傾げる。
由貴子は昔から瑠璃子の髪を梳かすことが好きなのだ。
…瑠璃ちゃんの髪は本当に綺麗ね…。
さらさらで絹糸みたい…。
お姫様の髪だわ…。
いつも優しく唄うように褒めてくれたっけ…。

「…さあ、どうかしら…。
朱先生はご自分のプライベートなことを一切お話にならないから…」

…でも…。
何かを思い起こしたような…懐かしむ眼差しをしてこう言った。

「…昔、とても哀しい恋をなさったみたいなの。
それ以来、恋人はいらっしゃらないんじゃないかしら…。
…これはママの想像だけれど…朱先生はそのかつての恋人を今でも愛していらっしゃるのではないかしらね…」
「…へえ…」

…朱のユニセックスな神秘的な美貌と、えもいわれぬ馨しい香の薫り…そして掴み所のないふわりとしたアルカイックスマイルを思い出す。

「…ずっと忘れられないひと…か…」

…どんなに切ない恋を、朱先生はしたのだろう…。
けれどまだ恋には疎い瑠璃子には、その先を想像することすらできなかった。

「…籠の中では恋はできない…か…」
由貴子に聞こえないように、瑠璃子はそっと呟いた。


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