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夜明けまでのセレナーデ
第1章 屋根裏部屋の約束
「馬鹿なことを言うな。
薫様は俺の大切なご主人様だぞ。
そんな下劣な感情を抱くわけがないだろう」
心から可愛がっている薫に対して皮肉めいた言葉を投げかけられたことにむっとして、反論する。
「ほら、すぐに怒る。
大体泉は薫くんのことになると別人みたいにムキになるんだから。
本当に…僕のことなんか二の次なんだね…」
憎まれ口を聴きつつも淋しげに呟かれ、司への憐憫と愛おしい気持ちが湧き上がる。
「…司…」
拗ねてそっぽを向いた司を背中から抱きしめる。
「…司…。
悪かった。怒ったりして…」
細っそりとした肩がびくりと震える。
「…薫様は、赤ん坊の頃からお世話をしてきたから…俺の子どもみたいなものだ。
あの通り、思い立ったら何をするのか分からない真っ直ぐなご性格だし…。
だから、放ってはおけない。
俺は、執事だ。
薫様と、この屋敷を守る責任がある」
「…分かってるよ…そんなこと…」
小さな声が返ってきた。
司は無闇に我儘を言う青年ではない。
泉に突っかかってきたのは、寂しさと不安からなのだ。
…家族と遠く離れ、日本で戦争に巻き込まれてしまった司の胸中を、きちんと思い遣ってやれなかった自分を悔やむ。
強く抱き竦め、その薄茶色の美しい髪にキスをする。
…ジャスミンの花のような芳しい薫りが鼻先を掠める。
「…俺が愛しているのはお前だけだ。これからも、ずっと…」
司が振り返る。
「…本当?」
…透き通るように白く滑らかな肌、人形のように整った目鼻立ち…形の良い唇は、先程の激しい口づけで紅く色づき艶めいている。

「…本当だよ。
…お前と離れるのは、すごく寂しい。
想像するだけで、虚しくなるよ」
…眩いばかりに美しく…勝気で、けれどとても繊細な…愛おしい恋人…。
ほんの僅かですら離れたくない。離したくない。

「…泉…!」
美しい貌が哀しみに歪む。
だから、泉は笑いかける。
そっとその頰を撫で、自分に言い聞かせるように…。
「…でも、必ず戦争は終わる。
戦争が終わったら、俺たちはもう二度と離れない。
お前を離さない」
泉の指に、温かな涙が触れる。
「…約束だよ。絶対に、離さないで…」
「約束する…司…」
誓いの言葉は、熱い口づけに取って代わり…恋人たちの愛の交歓へと続いていったのだった。



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