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夜明けまでのセレナーデ
第5章 裏窓〜禁じられた恋の唄〜
塔の部屋の隠し扉の向こう側には、小さく狭い階段が延びていた。
かつて明治の昔、星南学院ではこの礼拝堂に外国人亡命者のイエズス会宣教師を匿っていたことがあったそうだ。
もうひとつの裏階段はその時、秘密裏に作られたものらしい。
もし、不測の事態が発生した場合はここから逃げるようにと八雲や紳一郎から言い聞かされていた隠し扉と階段だ。
…「けれどそれ以外では決して開けてはなりません。
もちろん外に出ることも厳禁です」
八雲からは厳しく言い渡されていたのだ。
…でも…今はもう夕暮れだし…少しくらい…踊り場から外を眺めるくらいいいよね…。
自分に言い聞かせて、煉瓦造りの狭い踊り場の小さな窓から恐る恐る貌を覗かせる。
「…わあ…」
…裏窓から、学院を囲むように植えられている樅の樹々、その先には冬の夕陽に照らされた民家の屋根々が見えた。
空は優しい茜色に染まり、まるで美しい絵画のように見えた。
今日は空襲警報も鳴らずに、町は落ち着きと平穏に包まれているようだ。
窓越しながらも久しぶりの外の風景に、瑞葉は心を奪われたかのようにうっとりと見惚れてしまう。
「…綺麗だな…」
…育った屋敷では東翼の一室と、小さな中庭だけが瑞葉に許された世界だった。
けれどそこから眺める外の風景は、瑞葉の心の大きな慰めになっていた。
空に広がる雲や、夜更けの月や星…。
…見つめていると、すべての呪縛から解き放たれ、自由になれるような気がしたのだ。
…この空は、八雲がいる屋敷につながっているんだな…。
そう思うと、この裏窓から見える切り取られた小さな空すら愛おしい…。
瑞葉は小さく微笑む。
弾む心のまま、樅の樹々を渡る小さな鶫に目を輝かせ…そのまま視線を巡らせた刹那、樹の根元にひとつの人影があるのに気づいた。
「…あ…!」
長身の黒い軍服姿と思しきその若い男は、じっと瑞葉を見上げ佇んでいた。
…男と、視線が合う。
男は驚きの表情を浮かべ、こちらに向かって歩き出した。
瑞葉は息を飲み、咄嗟にストールで貌を隠すと踊り場から走り去った。
かつて明治の昔、星南学院ではこの礼拝堂に外国人亡命者のイエズス会宣教師を匿っていたことがあったそうだ。
もうひとつの裏階段はその時、秘密裏に作られたものらしい。
もし、不測の事態が発生した場合はここから逃げるようにと八雲や紳一郎から言い聞かされていた隠し扉と階段だ。
…「けれどそれ以外では決して開けてはなりません。
もちろん外に出ることも厳禁です」
八雲からは厳しく言い渡されていたのだ。
…でも…今はもう夕暮れだし…少しくらい…踊り場から外を眺めるくらいいいよね…。
自分に言い聞かせて、煉瓦造りの狭い踊り場の小さな窓から恐る恐る貌を覗かせる。
「…わあ…」
…裏窓から、学院を囲むように植えられている樅の樹々、その先には冬の夕陽に照らされた民家の屋根々が見えた。
空は優しい茜色に染まり、まるで美しい絵画のように見えた。
今日は空襲警報も鳴らずに、町は落ち着きと平穏に包まれているようだ。
窓越しながらも久しぶりの外の風景に、瑞葉は心を奪われたかのようにうっとりと見惚れてしまう。
「…綺麗だな…」
…育った屋敷では東翼の一室と、小さな中庭だけが瑞葉に許された世界だった。
けれどそこから眺める外の風景は、瑞葉の心の大きな慰めになっていた。
空に広がる雲や、夜更けの月や星…。
…見つめていると、すべての呪縛から解き放たれ、自由になれるような気がしたのだ。
…この空は、八雲がいる屋敷につながっているんだな…。
そう思うと、この裏窓から見える切り取られた小さな空すら愛おしい…。
瑞葉は小さく微笑む。
弾む心のまま、樅の樹々を渡る小さな鶫に目を輝かせ…そのまま視線を巡らせた刹那、樹の根元にひとつの人影があるのに気づいた。
「…あ…!」
長身の黒い軍服姿と思しきその若い男は、じっと瑞葉を見上げ佇んでいた。
…男と、視線が合う。
男は驚きの表情を浮かべ、こちらに向かって歩き出した。
瑞葉は息を飲み、咄嗟にストールで貌を隠すと踊り場から走り去った。