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夜明けまでのセレナーデ
第5章 裏窓〜禁じられた恋の唄〜
「…八雲が…嘘を…?」
口に出すだけでも、恐ろしく…身体の震えが止まらない。
「…ええ。そうです。
お祖母様を悪者にして協力者たちを騙し…いいえ、貴方すら騙してこの塔の中に閉じ込めた。
…こんな…陽も差さない暗く寂しい塔の中に…。
まるでノートルダム・ド・パリだ…。
酷い仕打ちです」
苛立ったように部屋の中を見渡す。

…速水の言葉が鋭い短刀のように胸に突き刺さる。
「…やめて…」
声は言葉の形を為さず、吐息へと消える。

瑞葉の声が届いていない速水は、腹立たしげに続ける。
「貴方の執事は、貴方を騙したのです。
本来なら貴方は何不自由ない居心地の良い居留地で、もちろん外出も出来て、伸び伸びと過ごすことができたのです。
貴方にはれっきとした日本国籍がおありです。
正統な日本人です。
逃げ隠れなどなさらなくて良かったのですよ。
…それを…憲兵隊や特高から身を隠さなくてはならないと騙し、貴方をこんな寂しい場所に閉じ込めた…いいえ、監禁したのです」

「やめて!」
甲高い叫び声に、速水が息を呑んだ。

「…やめて…ください。
…八雲は…八雲は、僕を騙したりしません。
彼は…いつだって僕のことを一番に考えて…誰よりも…僕を大切にしてくれているのです…。
…僕は…僕は八雲を信じます…!
八雲には何か考えがあって、僕をここに連れて来たのです。
そうに決まってます…」
速水は震える唇を噛み締める瑞葉の肩を抑え、落ち着かせようとした。
「…瑞葉さん、聞いてください…」
その手を渾身の力で突き放す。
「離して!」
「瑞葉さん…!」
速水の手を逃れ、瑞葉は部屋の隅に逃げ込んだ。
「来ないで…!帰って…帰ってください!
二度とここには来ないでください…!」
生まれて初めて他人に声を荒げた。
瑞葉は嗚咽を漏らしながら、貌を覆う。
…もう、何も聞きたくない…何も知りたくない…!
…八雲…八雲…!
必死で八雲の端麗な美しい面差しを追い求める。

ややあって、静かな声が聞こえた。

「…貴方のお心を傷つけるつもりはなかったのです。
お許しください」

瑞葉はぎゅっと眼を閉じる。

「…また、参ります。失礼いたします」

…裏扉の軋む音が低く響く。
階段を降りる硬質な靴音がそれに続き、次第に遠ざかり…やがて、消えていった…。





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