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夜明けまでのセレナーデ
第5章 裏窓〜禁じられた恋の唄〜
「…こんばんは。
ここを開けてくださってありがとうございます」

男はさわやかな…どこか照れたような微笑みを浮かべ、品のある物腰で頭を下げた。
…まるで、お茶会に招かれた招待客の挨拶のようなそれは、緊迫感の微塵もなかった。

瑞葉は訳の分からない焦れるような感情に襲われ、そっぽを向いた。
「…仕方なくです。
騒がれたら、僕が困りますから…」
他人にこんなにつんけんした態度を取るのは初めてで…なんだか居心地が悪い。
今までほぼ世間から隔絶されて育ってきた瑞葉は、元々とても寡黙だ。
用心深く、心を開くことも苦手だ。
そもそも瑞葉は他人に自分の心の底を曝け出したり、怒り、叫んだりしたことはない。
…八雲を除いては…。
…その八雲にも、今はすべてを曝け出せなくなっている…。

「それでもいいです。
ありがとうございます」
少しもめげず…寧ろ嬉しそうに笑う速水を瑞葉はおずおずと振り返る。

…速水は今日は憲兵隊の軍服姿ではなかった。
アイボリー色のカシミアのセーターに濃灰色のスラックス、焦茶色のツイードのジャケット…と、まるで大学生のような服装だった。

背が高く手足が長い速水に、その服装は良く似合っていた。
思わず見惚れそうになる自分に恥て、慌ててぶっきらぼうに尋ねる。

「…どうやって階段を上がっていらしたのですか?
階段の入り口には鍵が掛かっていた筈です」
速水は悪戯めいた眼差しで頭を掻いた。
「…職業柄、あの程度の鍵を開けるのは容易いのです。
…すみません…」
正直に詫びるところに男の性格と育ちの良さが表れている。

「…まるで…怪盗ルパンですね」
精一杯の意地悪で言ったつもりだったのに…
「褒めていただけて光栄です。
アルセーヌ・ルパンは小さな頃から私の憧れでした」
長閑に笑う速水を睨む。
「褒めてません」
「怒られても、嬉しいです。
…瑞葉さんから向けられる感情ならなんでも…」
温かな眼差しで見下ろされ、胸の鼓動が速くなる。
「…やめてください。
揶揄うなら、出て行ってもらいます」
「それは困ります。
…これでも決死の覚悟で伺ったのです」
速水が熱の高い眼差しで、瑞葉を見つめる。
「…貴方に…どうしてもお会いしたくて…」

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