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夜明けまでのセレナーデ
第5章 裏窓〜禁じられた恋の唄〜
「…瑞葉様…?」
八雲が瑞葉の前に近づく。
咄嗟に庇おうとする速水の腕を離れ、瑞葉は寝台を降りる。
裾の長い真珠色のレースの夜着は、まるで初夜の花嫁のようだ。
…速水も白いシャツに黒いスラックス姿…と、さながら若々しい新郎のような姿だ。
…ロミオとジュリエット…
あの話の結末は…確か二人とも死ぬのではなかったか…。
そう冷静に想い巡らす自分がいる。
「瑞葉さん…」
心配そうに瑞葉の手を引き止める速水を振り返り、頷く。
男の眼差しに勇気を得て、八雲の前に進む。
…こんな風に、八雲と対峙することになるなんて…思ってもみなかった…。
瑞葉は初めて見る男のように、八雲を見上げた。
「…お前は…僕を騙したの…?」
「騙した?何のことですか?」
瑠璃色の瞳が、静かに瑞葉を見下ろす。
…いつもと少しも変わらない…美しい…神々しいまでに美しい貌だ。
もしかしたら、自分の誤解かも知れない…という不安に襲われる。
…けれど…だからこそ、勇気を振り絞って尋ねなくてはならない。
「…お前は…僕はここに隠れなくては生きて行けないと言った。
お祖母様が僕を憲兵隊に突き出すからと…。
外国人抑留地は野蛮で恐ろしいところだって…。
僕が入ったら、生き残れないほどに…。
…すべて、嘘なんでしょう?
お祖母様は僕を軽井沢の居留地に移そうとされていたって…。
万が一、暴動が起こった時のために。
僕のことを思って…。
…それなのに…。
なぜ、そんな嘘を吐いたの?」
八雲の端正な眼差しが、瑞葉から背後の速水に鋭く移る。
「…この男ですか。
この憲兵隊の将校崩れが、貴方に欺瞞を吹き込んだのですね」
「何が欺瞞ですか!
私は真実しかお伝えしていません。
欺瞞は貴方だ!」
いきり立つように速水が叫んだ。
八雲はその彫像のように整った貌に冷笑を刷いた。
「…この警察の番犬が屋敷の周辺を嗅ぎまわっていたのですね。
正義感を振りかざし、綺麗事を並べ立て、瑞葉様を混乱させた。
…何もかも、分かっていましたよ。
瑞葉様がこの男の戯れ言に騙され…靡いたことも…。
…そして、瑞葉様は私以外の男にその身体を与えられた。
なんて愚かしい…。
…やはり目を離すべきではなかった」
冷ややかに言い捨てられ、瑞葉の胸はずきりと痛んだ。
…心の痛みとともに、八雲に対して深々と冷えるような初めての感情が湧き上がる。
八雲が瑞葉の前に近づく。
咄嗟に庇おうとする速水の腕を離れ、瑞葉は寝台を降りる。
裾の長い真珠色のレースの夜着は、まるで初夜の花嫁のようだ。
…速水も白いシャツに黒いスラックス姿…と、さながら若々しい新郎のような姿だ。
…ロミオとジュリエット…
あの話の結末は…確か二人とも死ぬのではなかったか…。
そう冷静に想い巡らす自分がいる。
「瑞葉さん…」
心配そうに瑞葉の手を引き止める速水を振り返り、頷く。
男の眼差しに勇気を得て、八雲の前に進む。
…こんな風に、八雲と対峙することになるなんて…思ってもみなかった…。
瑞葉は初めて見る男のように、八雲を見上げた。
「…お前は…僕を騙したの…?」
「騙した?何のことですか?」
瑠璃色の瞳が、静かに瑞葉を見下ろす。
…いつもと少しも変わらない…美しい…神々しいまでに美しい貌だ。
もしかしたら、自分の誤解かも知れない…という不安に襲われる。
…けれど…だからこそ、勇気を振り絞って尋ねなくてはならない。
「…お前は…僕はここに隠れなくては生きて行けないと言った。
お祖母様が僕を憲兵隊に突き出すからと…。
外国人抑留地は野蛮で恐ろしいところだって…。
僕が入ったら、生き残れないほどに…。
…すべて、嘘なんでしょう?
お祖母様は僕を軽井沢の居留地に移そうとされていたって…。
万が一、暴動が起こった時のために。
僕のことを思って…。
…それなのに…。
なぜ、そんな嘘を吐いたの?」
八雲の端正な眼差しが、瑞葉から背後の速水に鋭く移る。
「…この男ですか。
この憲兵隊の将校崩れが、貴方に欺瞞を吹き込んだのですね」
「何が欺瞞ですか!
私は真実しかお伝えしていません。
欺瞞は貴方だ!」
いきり立つように速水が叫んだ。
八雲はその彫像のように整った貌に冷笑を刷いた。
「…この警察の番犬が屋敷の周辺を嗅ぎまわっていたのですね。
正義感を振りかざし、綺麗事を並べ立て、瑞葉様を混乱させた。
…何もかも、分かっていましたよ。
瑞葉様がこの男の戯れ言に騙され…靡いたことも…。
…そして、瑞葉様は私以外の男にその身体を与えられた。
なんて愚かしい…。
…やはり目を離すべきではなかった」
冷ややかに言い捨てられ、瑞葉の胸はずきりと痛んだ。
…心の痛みとともに、八雲に対して深々と冷えるような初めての感情が湧き上がる。