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夜明けまでのセレナーデ
第8章 新たなる運命
「そう。ヒッチハイク。
…私は没落した華族の娘で疎開先の長野からようやく東京に辿り着いたのです。
…でも…ここからの脚がなくて…。
もしよろしければ、松濤まで送って下さらないでしょうか?
…て、トラックの運転手に泣きついたら二つ返事で送ってくれたわ。
ちゃんとお礼に御木本のパールを渡したから、悪くない取引だったんじゃないかしら?」
「奥様…!」
泉が絶句した。

「…なんて…」
…なんて厚かましいんだ!
薫は呆れた。
まず、娘と言うところが図々しい。
もう四十をとうにすぎているくせに…!
そして、いけしゃあしゃあと嘘を並べるところだ。
何が没落した…だ。
没落した華族の娘が、こんなに高価そうな絹のドレスを着ている訳がないじゃないか!
御木本の真珠だって?
そんな高価なものをタクシー代替わりに渡すなんて!
どこの国のお姫様なんだ!

「…あら、薫。何か文句でもあるのかしら?」
じろりと見られ、むっとする。
薫が口を開く前に、すかさず泉が話題を逸らした。
「…奥様。お茶が入りました。
奥様のお好きなアールグレイでございます」
水色の美しく芳醇な薫りのする紅茶が淹れられたロイヤルコペンハーゲンの茶碗を恭しく差し出され、光の貌が綻ぶ。
「ありがとう、泉。
泉が淹れてくれるお茶を飲むのは久しぶりだわ」

機嫌が良くなった光に、泉はにこやかに諭す。
「奥様。次回からは必ずご連絡を下さいませ。
今、東京にはならず者が溢れております。
万が一のことがありましたら、旦那様に申し開きができません。
…それで、菫様はお元気でいらっしゃいますか?」


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