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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
「おはようございます、薫さん」
朝食室に姿を現した絹は、今朝も眼が覚めるほどに美しかった。
白いフレア袖のブラウスに蘇芳色のロングスカート…
髪は梅琳に綺麗に支度をしてもらったようで、華やかにカールしていた。

…昨日、ここに着いたばかりの絹さんとは別人みたいだ。

…母様や絢子小母様、綾香小母様や梨央小母様、綺麗な女性はたくさん見てきたけれど、このひとの美しさはまた別のものだな…。

薫は感心した。

「おはようございます。絹さん。
…よくお寝みになられましたか?」
泉に椅子を引かれながら、着席した絹は小さく微笑んだ。
「はい。
…最初は余りに大きくてふかふかのベッドで戸惑ったのですが、気がついたらぐっすり…」
薫は好意的に笑った。
「それは良かった。
さあ、召し上がって下さい」

…味噌汁の良い匂いと同時に、和食の膳が運ばれてくる。
絹さやと豆腐の味噌汁、だし巻き卵、鮭の西京漬、小芋の煮付け、胡瓜と人参の浅漬け、そして白米だ。
絹が意外そうに眼を見張った。

「…絹さんが慣れるまでしばらくは和食にしました。
生活に慣れていらしてから、西洋料理のマナーをお教えしてゆきます。
…そうでないと、緊張されて味もよく分からないでしょう?」
悪戯っぽく眼くばせをすると、絹が眩しげに瞬きをした。
「…薫さんは、本当にお優しい方ですね…」
その言葉に、思わず吹き出す。
「優しい?まさか…!
僕は短気で我儘なことで有名なんですよ。
買い被りです」
絹は首を振った。
「いいえ、薫さんはお優しいです。
最初からずっと…。
私みたいな厄介者を嫌がらずに受け入れてくださって…。
…本当に、感謝しています」

…普段、人に感謝されることは滅多にないので、背中がむず痒くて仕方ない。

薫は咳払いして、箸を取った。
「僕はこれから学校に出かけます。
絹さんはお好きに過ごされて下さい」
驚くほどに綺麗な箸遣いで朝食を始めながら、絹が尋ねた。
「…学校?
薫さんは学生さん…ではないですよね?」
思わず声に出して笑う。
「僕はもう二十歳ですよ。絹さんと同い年です。
…星南学院と言う学校で教師をしております。
まだまだ新米ですけれどね…。
時々寄宿舎に泊まり込みがあるのですが、今週はたまたま通勤で…」

絹の黒眼勝ちの美しい瞳が、驚愕したように見開かれた。
「星南学院?本当ですか?」



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