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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
「…いいんですか?
二人きりにして…」
応接間の様子が垣間見られる向かい側の棟の廊下から、二人の様子を伺いながら不満げに漏らす。
紳一郎は吹き出す。
「恋人同士だろう?何が悪い?」
「…陛下はご存知ありませんよ。
というか、もしお耳に入ったら、きっと猛反対なさるでしょう」

ふっと吐息のような笑い声が聞こえた。
「だろうね。
多分陛下は絹さんを薫と結婚させたいのだろうからね」
「へ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような貌をする薫を、紳一郎はやや皮肉めいた眼差しで見た。
「決まっているじゃないか。
じゃなかったら、なぜわざわざ当主も不在の若い息子だけがいる屋敷に娘を預ける?
見合いみたいなものじゃないか」
「見合い⁈まさか…」
一笑に付そうとした薫の顎を、紳一郎の白い指が捉える。
切れ長の涼しげな瞳がひたりと見つめる。
「…敗戦国日本で、今やお立場も複雑な陛下が庶子の子どもを安心して委ねられるような貴族の家がいくつあると思っている?
…貴族制度はまもなく廃止される。
どの家も衰退の一途を辿るのみさ。
その中で生き残れる体力がある家など数える程だ。
…縣家は鉱業で日本一の会社を有する。
もちろん貴族の称号など必要はない。
財力だけじゃない。
縣男爵は非の打ち所のない立派な紳士だし、奥方の光さんは陛下のかつての憧れの君…。
…そして御曹司は…」
にやりと笑い、まるで口づけをするような距離まで近づく。
「…やや癇癪持ちで世間知らずだけれど、そんなことは陛下はご存知ないだろう。
社交界きっての美貌と優雅さ…。
黙っていれば絵に描いたような王子様だ。
…最愛の娘が嫁ぐにはこれ以上ない相手だろう」
「冗談はやめてください」
邪険に紳一郎の手を払いのける。
「可笑しな勘繰りはやめてください。
絹さんに失礼です」

腹立たしげに背を向けた薫に、冷ややかな声が飛んだ。

「お前、本当に暁人を待つ気はあるのか?」



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