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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
「…小父様…!」
いつも冷静で賢明で思慮深い大紋の行動とは、とても思えなかった。
手紙の偽造をするなど思いもつかぬ告白に、薫の胸は詰まった。

「一時凌ぎの愚かな行動だとは分かっている。
けれど、ほかに絢子を元気付ける方法を私は思いつかなかったのだよ。
…私は…実に愚かだ…!」

額に手を当て、深いため息を吐いた大紋を、薫は気がつくと抱きしめていた。
「そんなこと…そんなことないです!」
薫の腕の中、五十歳を過ぎても尚逞しい引き締まった男の身体がびくりと震えた。
「…小父様は…小母様を守りたくて、優しい嘘を吐かれたのです。
仕方のないことです」
「…薫くん…」
「…小父様はお優しいから…お優しすぎるからこんなに苦しまれるのです…。
小父様は何も悪くない…。
だからそんなに苦しまないでください」
そっと両手で背中を撫でると、まるで掬い上げるように強く抱きしめられた。

「いや。私がいけないのだよ。
…絢子がここまで暁人に傾倒してしまったのは、私がかつて彼女を蔑ろにしていたからだ。
長い間、彼女を孤独のままに放置してしまった。
気づいていたのに気づかぬ振りをしていた。
…彼女の心が脆いのも、全ては私の責任なんだよ」
「…小父様…」
息を詰めるように、その言葉を聞く。

…暁伯父様のことだ…。

かつて…命を賭けるほど愛し合ったという彼の秘めたる禁断の恋…。

…同時に、薫の脳裏に密やかに咲く夜の花のような芳しくも美しいひとの面影が鮮やかに蘇った。

…こんなにも長い年月を経ても、小父様の心に影響を与え続けるひと…。
二人の恋は、どれだけ激しくも切ないものだったのだろうか…。

まだ、恋のすべてを知らない自分には、その心の痛みを知る由はない…。

…けれど…。
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