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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
「龍ちゃん!」
厨房の入り口に成田を見つけた絹は、一目散に駆け寄った。

シェフの制服姿の成田が驚いたように眼を見開いた。
「絹…!…絹…さん…」
絹は可笑しそうにくすりと笑った。
「絹でいいわよ。龍ちゃん。
…薫さんはいないわ」
振り返り、薫の姿が食堂にないのを認めると、成田はほっとしたように、絹に笑いかけてきた。
一見取り付きにくい硬質な男らしい貌が柔らかく崩れる。
「良かった…。
…縣先生は、なんだか俺に厳しいからな…」
ばつが悪そうに呟く成田の手をそっと握りしめる。
「薫さんはとても優しい方なのよ。
…きっと礼儀作法に厳しくていらっしゃるだけだわ」
「…うん…。
でも、あんなに人形みたいに綺麗な貌で睨まれるとさ、おっかねえよ…」
ぼやく成田に小さく笑い、ふと…
「…そうね。…本当にお綺麗な方よね…。
…私、あんなに綺麗な男のひと…初めて見たわ…」

…想いを馳せるのは、薫に初めて会った日のことだ…。

敗戦後の東京の街は、見るも無残な爆撃跡の廃墟が多いのに…西洋のお城のような豪奢な屋敷に通された。
それだけでも信じられなかったのに、絹の前に不意に薫が姿を見せたのだ。

絹は我が目を疑った。

…お伽話の王子様が現れた…。
本当に…そう思ったのだ。



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