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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
終戦間際に寺は空襲で焼かれ、巻き込まれた養い親の住職夫妻は亡くなった。
絹は住職の使いで檀家のもとに出向いていたので、九死に一生を得たのだ。
住職夫妻の死に悲しみに暮れていた絹は、ひとまず寺の下男の家に引き取られた。

…これからどうしようと絹は途方にくれていた。
龍介は直ぐにでも自分の家に来いと言ってくれた。
けれど、龍介の店も下町大空襲の際に半壊し、立て直しの真っ最中であった。
…龍ちゃんには迷惑はかけられないわ…。

終戦後の東京は、大混乱の真っ只中だ。
忙しい商売人の龍介の家に身を寄せる訳にはいかない…。
しかも、自分の身分は複雑だ。

思い悩んでいたところに…下男が血相を変えて絹を呼びに来た。
「絹様!大変です!
へ、へ、陛下が…皇帝陛下がお見えになりました!」


お忍びで訪れた皇帝陛下を間近に拝謁し、絹はただただ恐縮した。

…父親と聞かされてはいたが、詳しい経緯は知らされてはいない。
本当なのだろうかと未だに半信半疑ですらあった。

「おもてをあげなさい。衣都子…」
…穏やかななめらかな声で正式な名前で呼ばれ、恐る恐る平伏していた貌を上げる。

「…おお…!なんと…美しい子だ…!」
目の前で片膝をつき、感激したように絹を覗き込むのは、新聞の御真影で見たことがあるその尊いひとそのものだ。
…後ろには侍従らしき人物が密やかに控えていた。

仕立ては良いが決して新しいものではない地味な濃灰色のスーツ…。
象牙色の肌、銀縁の眼鏡、鬢の白髪が綺麗に撫でつけられている。

…やんごとない優し気な瞳が細められた。

「…衣都子…。今まで、そなたを一人にしてすまなかった。
さぞや寂しく心細い思いをしたことだろうね」
しなやかな手が絹の髪を優しく撫でた。


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