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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
ワルツのレッスンは次の週から始まった。
薫は毎週土曜日の夜は屋敷に帰宅して、絹と晩餐を共にする。

薫はその人形のような美貌から一見取り澄まし、冷たくつんとして見えるが、実はとても優しく親しみやすくおおらかな人柄だと、絹は改めて知っていった。
話題も豊富で、かと言って絹が分からないような話は決してしない。
絹が興味を持ちそうな話や…学院の話をユーモアを交えながらしてくれるのだ。
テーブルマナーも、流れるような優雅な所作は絹にとってとても参考になった。

…何より、銀燭の灯りに照らされた薫の美貌は、耽美な彫像や絵画のように繊細で優美で、絹は思わず見惚れてしまうほどだ。

絹は龍介が好きだし、彼に恋をしている。
それは揺るぎない事実だ。
けれど、薫に対して、つい惹きつけられてしまうのだ。
美しいひとへの憧憬の気持ちは、今まで持ち得たことのない感情で…絹は戸惑ってしまう。

…そして、気になってしまうのだ。
薫の恋人の存在に…。

…戦地にいらっしゃると言うことは…

絹は考える。
…従軍看護婦や従軍記者などをされていたのかしら…。
女性の身で、勇気ある方だわ…。

…お綺麗な方なのかしら…。

気になる自分が、軽々しいとも浅ましいとも思う。

…私は龍ちゃんが好きなのに…
なんて、軽薄なのかしら…。

そんな自分にため息を吐きたくなる。


「…成田くんは…」
物思いに耽っていた絹の耳に、聞き慣れた名前が飛び込みはっと我に返る。

「…今日も元気でしたよ。
彼が作る料理はとても美味しいと、生徒たちからも評判です」

…どこか面白く無さげな表情で、淡々と告げ、ワインを飲み干した。

「そうですか…。良かったです」
絹は安堵から思わず笑顔になる。

…それに…
と、密かに思う。

…薫さんは龍ちゃんのことになると、少し不機嫌になるのは…

…もしかして…
と…。

…いや、やっぱり自惚れないでおこう…。


絹は心の中で呟いて、薫に微笑みかけた。

「…薫さん。龍ちゃんを、よろしくお願いいたします」

すると薫は、やはり少し鼻白んだような表情を一瞬浮かべ…すぐにいつものように微笑み返してくれたのだった。





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