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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「…絢子は恐らくすべてを知っていたのだろう。
私は、絢子を好きだった。
…いや、暁に出会わなければもしかしたら普通に恋愛が出来たのかもしれない。
絢子は可愛らしく淑やかで素晴らしい女性であり、妻だった。
暁人が生まれ、側から見れば理想的な幸せな家庭だっただろう。
…けれど、私は何年もずっと暁を忘れられなかった。
暁が月城と愛し合うようになっても…。
諦めることはできなかった…。
私の心は月城への激しい嫉妬心で溢れていた。
大人気ないことだが、暁を諦められなかったのだ。
そんな私を…絢子は…どんな想いで見つめ続けてきたのだろうか…」
「…小父様…」
…大紋の大きな手が、力なく薫から離れる。
部屋の外の寒気が足元からひたひたと迫る。
大紋がソファから立ち上がり、暖炉にしゃがみこむ。
新たな薪をくべながら、昔語りの続きを聞かせる。
「…私が、絢子に愛していると言ってやれたのは何年も経ってからだ。
…彼女をそれまで寂しい思いのまま放置させてしまった私の罪は重い。
絢子はきっと、私の隙間を暁人で埋め続けていたのだろう。
…暁人への過剰な傾倒をさせてしまったのは、私の責任なのだよ」
大きく逞しいはずの大紋の背中がとても寂寥感に満ち、弱々しく見えることに薫は胸を詰まらせる。
立ち上がり、大紋に駆け寄る。
その大柄の広い背中を抱きしめる。
逞しい背中がびくりと震えた。
薫はその背中に額をつける。
「…小父様!小父様は悪くないです!
小父様は小母様を大切にしていらした。愛情を持っていらした。
僕には分かります。
…それでも…ひとの心は…どうしようもないこともあります。
…だって、僕だって…僕だって…!」
声を詰まらせる。
…暁人に、傲慢なつれない態度ばかり取ってしまっていた…。
暁人が僕を好きなことを知っていたのに。
暁人の優しさに甘えて…我が儘ばかり言って…。
大紋の馨しいトワレは、懐かしく幸せだった子ども時代を彷彿させる。
…暁人といつも一緒に無邪気に過ごした…もう二度と還ることのできない完全に幸福なあの頃を…。
…自然に、涙が溢れる。
箍が外れたように嗚咽が止まらない。
「…薫くん…?」
驚いた大紋に振り返らせないように、薫はその引き締まった背中に貌を押し付け…さながら七歳の子どものように泣きじゃくったのだった。
私は、絢子を好きだった。
…いや、暁に出会わなければもしかしたら普通に恋愛が出来たのかもしれない。
絢子は可愛らしく淑やかで素晴らしい女性であり、妻だった。
暁人が生まれ、側から見れば理想的な幸せな家庭だっただろう。
…けれど、私は何年もずっと暁を忘れられなかった。
暁が月城と愛し合うようになっても…。
諦めることはできなかった…。
私の心は月城への激しい嫉妬心で溢れていた。
大人気ないことだが、暁を諦められなかったのだ。
そんな私を…絢子は…どんな想いで見つめ続けてきたのだろうか…」
「…小父様…」
…大紋の大きな手が、力なく薫から離れる。
部屋の外の寒気が足元からひたひたと迫る。
大紋がソファから立ち上がり、暖炉にしゃがみこむ。
新たな薪をくべながら、昔語りの続きを聞かせる。
「…私が、絢子に愛していると言ってやれたのは何年も経ってからだ。
…彼女をそれまで寂しい思いのまま放置させてしまった私の罪は重い。
絢子はきっと、私の隙間を暁人で埋め続けていたのだろう。
…暁人への過剰な傾倒をさせてしまったのは、私の責任なのだよ」
大きく逞しいはずの大紋の背中がとても寂寥感に満ち、弱々しく見えることに薫は胸を詰まらせる。
立ち上がり、大紋に駆け寄る。
その大柄の広い背中を抱きしめる。
逞しい背中がびくりと震えた。
薫はその背中に額をつける。
「…小父様!小父様は悪くないです!
小父様は小母様を大切にしていらした。愛情を持っていらした。
僕には分かります。
…それでも…ひとの心は…どうしようもないこともあります。
…だって、僕だって…僕だって…!」
声を詰まらせる。
…暁人に、傲慢なつれない態度ばかり取ってしまっていた…。
暁人が僕を好きなことを知っていたのに。
暁人の優しさに甘えて…我が儘ばかり言って…。
大紋の馨しいトワレは、懐かしく幸せだった子ども時代を彷彿させる。
…暁人といつも一緒に無邪気に過ごした…もう二度と還ることのできない完全に幸福なあの頃を…。
…自然に、涙が溢れる。
箍が外れたように嗚咽が止まらない。
「…薫くん…?」
驚いた大紋に振り返らせないように、薫はその引き締まった背中に貌を押し付け…さながら七歳の子どものように泣きじゃくったのだった。