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夜明けまでのセレナーデ
第11章 僕の運命のひと 〜人魚姫と王子のお伽話〜
その夜、暁人は与えられた自室で人魚姫の物語を紐解いていた。

「人魚姫、読んだことないの?
じゃあ、貸してあげる!」
エスメラルダが母の形見だと言う分厚い革張りの絵本を貸してくれたのだ。

あまつさえエスメラルダは本を抱え、暁人の寝台に潜り込んできた。
白い裾の長いクラシカルな夜着を着たエスメラルダは長く美しい黒髪を背中に垂らし、さながらお伽話に出てくる異国めいた姫君のようだ。
…微かな甘いオレンジの香りは、香油だろうか…。

「…エ、エスメラルダ 。
同じベッドは…よくないんじゃないかな?」
しどろもどろに答える暁人をエスメラルダは笑い飛ばした。
「いいじゃない。ねえ、アキ。ママみたいに本を読んで」
…エスメラルダはまだまだ無邪気な子どもなのだろう。
男女の機微もよく分かってはいないようだ。

「僕が?上手くないよ」
「いいの。私、ひとに本を読んでもらうのが大好きなの。
ねっ、読んで読んで」
身体を擦りよせ、幼な子のように甘える様が愛らしい。

その屈託のなさに苦笑しながら、暁人はエスメラルダに本の読み聞かせを始めた。



…昔々、ある美しい海にそれはそれは美しい人魚姫が棲んでおりました。
美しい人魚姫はある嵐の夜の海で、遭難していた人間の王子を助けました。
彼に恋をした人魚姫は、恋しい王子に会うために、恐ろしい海の魔女と取引をするのです。

…お前の望み通り、お前に人間の脚を授けよう。
その代わり、お前はその美しい声を失うのだ。

陸に上がった人魚姫は、歩くたびに足の裏には𡸴山で刺されたような痛みを覚えます。
けれど、愛おしい王子に再会できた人魚姫は幸せでした。
…たとえ、言葉を交わすことができなくても…。

やがて王子は自分を助けた相手が人魚姫だとは知らずに、別の姫と恋に落ち、結婚の約束をしてしまいます。

絶望に暮れ、嘆き続ける人魚姫…。
仲間の人魚たちが訪れ、王子を短剣で殺すようにと告げます。

…そうすれば、貴方は元の姿に戻れるのよ。
不実な王子のことなど、忘れておしまいなさい。

けれど、愛する王子を殺すことはできなかった人魚姫は、海の泡沫へと消えてゆくのです…。
美しい人魚の涙とともに…。

…その美しい涙は、やがて海に睡る真珠となるのでした…。


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