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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
…気がつくと、薫は自宅のある松濤ではなく、母校の星南学院がある鳥居坂を歩いていた。
…暁人のことを考えていたからかな…。
薫は一人苦笑する。

急な坂道を登りきるとそこには…

…まるで英国のパブリックスクールのような荘厳なヴィクトリア様式の建物の外観が眼に入った。
まだ卒業して一年も経ってないのに懐かしい…。
暁人と過ごした六年間が胸をよぎる。

…いつもうたた寝をしてシスターに睨まれたミサ、退屈この上ないラテン語の授業、苦手なクリケットはいつもサボっていた…姉妹校の女学生たちを招いて開かれた舞踏会…。
…舞踏会ではいつも暁人が一番人気だったっけ…。
薫は不貞腐れてラムパンチを飲み過ぎて、結局暁人の家の車で送ってもらった…。
「…薫?何怒っているの?」
隣に座る心配そうな暁人の声が憎たらしくて寝たふりをした。

…思い出すのは、懐かしくて楽しい思い出と化していた。

…暁人…。
どうして、もっと優しくしてやらなかったんだろう…。
もっと早く…たくさん好きだと言ってあげればよかった…!

薫は忸怩たる思いに、青銅の柵を握りしめる。

…暁人…!手紙くらい…くれたらいいのに…。
それとも…
まさか…。

心に暗雲が垂れ込めた時…。

遠くで微かにサイレンの音が聞こえた。
…と、同時に眼を疑うほど近くの中空からプロペラの旋回する音が近づいてきた。

…え?

すっかり暮れた空を見上げた時…。
その鈍色の戦闘機から光る閃光が眼に入った。

激しい銃声が連続でそれは恐ろしいほどの速さで薫の方に近づいてきた。
…まさか…。
足がすくんで動かない。
戦闘機は樹々の上を掠めるように近づいてくる。

「危ない!伏せろ!機銃掃射だ!」
学院の門扉から飛び出してきた青年が薫の手を掴み、植え込みの中に伏せさせる。

…劈くような銃弾が炸裂し地面に跳ね返る。
硝煙の匂いと煙…。
永遠とも思える長さだった。

機銃掃射の音はやがて、プロペラ音と共に遠ざかっていった。


震える薫の肩を抱きしめ、青年が声をかける。
「大丈夫。もう行ったよ。間一髪だったな…」
歯の根が合わぬほどの恐怖に、すぐには返事もできなかった。

…と、月明かりに照らされた青年の貌を薫は呆然と見つめた。
青年が薫を見て、眼を見張った。
「…君…もしかして…縣?」
薫も驚きに満ちた声で叫んだ。
「…た、鷹司…先輩…!?」

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