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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「…さあ、飲みなさい。身体が温まる」
そう言って礼拝堂の奥…神父の私室に付いた小さなキッチンで紳一郎が淹れてくれたマグカップに入った紅茶を、薫は悴む手で押し戴くようにして受け取った。
「ありがとうございます…」
ふうふう吹きながら一口、二口飲む。
…湯気まで熱いアッサムティーはとても薫り高く甘い…。
恐らく、紳一郎が薫のために砂糖を入れてくれたのだろう。
冷え切り…恐怖に縮こまった身体が内側から少しずつ温まり、力が抜けてゆく…。

紅茶や砂糖は縣家や大紋家ではまだ日常で使われているが、世間ではもはや探すのも眼にするのも難しい贅沢品だ。
よく学院の…礼拝堂にあったな…と、ぼんやりと思う。

「うちの紅茶を持ち込んでる。
…神父様は母国に帰ったし…礼拝堂はすっかり使われていないからな」
心を読んだかのようにあっさりと言われ、驚く。

紳一郎は自分の分の紅茶のマグカップを持つと薫の前に座った。
「久しぶりだね。薫。
…相変わらず君は人形みたいに綺麗で可愛いな。プペちゃん」
頬杖をつきながら薄く笑いながら言われ、薫はむっとした。
…「プペちゃん」は中等部に入ってから付いた薫のあだ名だ。
フランス語でお人形さん…。
意味が分かった時は、あだ名を付けた上級生に食ってかかった。
…喧嘩になる寸前で止めてくれたのは、紳一郎だった。

ふくれっ面の薫を見て、紳一郎はくすくす笑い出した。
「相変わらずだなあ…。
まだ癇癪持ちで短気で怒りっぽいのかな?
…それから、無鉄砲も」
「鷹司先輩!」
紳一郎の象牙色の綺麗な指が、薫のダッフルコートの胸元をなぞり上げた。
「…白いコートを着て出歩くなんてもってのほかだ。
敵機に狙ってくれと言っているようなものなんだぞ」
窘められて、不承不承黙るしかない。
しかし直ぐに紳一郎は表情を和らげた。
「…でも、綺麗だ…。
最近は美しいものをひとつも見られていないから…眼福だよ」
…そうして、しなやかな長い腕で薫を抱き寄せた。
薫の耳朶に思いの外、優しい声が染み込んだ。

「…久しぶり、薫…。
会えてとても嬉しいよ…」


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