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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
その森番のことを、薫は強烈に覚えていた。
その男は、見たことがないほどに大柄な背丈をしていた。
…美しい褐色の肌、まるでギリシア彫刻のように引き締まった体躯、長い黒髪の巻き毛、…ラテン系ヨーロッパ人のような彫りの深い目鼻立ち…その瞳は藍色で、陽に透けると紫色に見えるアレキサンドライトのような色合いをしていた。
…さながら、しなやかな黒豹のような森番だった。
その森番は鷹司家の使用人であったが、密かに紳一郎と深く愛し合っていた。
長い誤解と哀しい別離を経て、二人はようやく再会し結ばれたのだ。
…森番は、部を弁えている人物で決して表には現れなかった。
しかし、一度だけ学院主催の馬術大会にそっとその姿を見せたことがあった。
馬場馬術の競技に出場し、優勝した紳一郎を観に来たのだろう。
優美な正装の黒燕尾服を纏った紳一郎は表彰式のあと、優勝馬に跨ったまま、生い繁る樫の樹立ちの下…人目を避けるように佇んでいる森番の元に向かっていた。
ほど近い厩舎で上級生の馬の世話をしていた薫は、思わず身を潜めて見守った。
紳一郎は森番の前で馬を止めると、二言三言言葉を交わしていた。
…誰にも見せないような輝くような笑顔で…。
そうして馬上のまま、やや身を傾けて森番にキスをした。
森番はその大きな手で愛おしげに、しっかりと紳一郎の小さな貌を掴み、長く甘い口づけを与えていた。
…まるで美しくも艶やかな白昼夢のような光景だった。
…愛し合っている恋人の情景以外のなにものでもないそのキスは、しばらくずっと薫の胸にやや甘い騒めきを立てながら残っていたのだ。
…長い沈黙ののち、無機質な紳一郎の声が聞こえた。
「…十市は…昨年、赤紙が来て召集されたよ」
その男は、見たことがないほどに大柄な背丈をしていた。
…美しい褐色の肌、まるでギリシア彫刻のように引き締まった体躯、長い黒髪の巻き毛、…ラテン系ヨーロッパ人のような彫りの深い目鼻立ち…その瞳は藍色で、陽に透けると紫色に見えるアレキサンドライトのような色合いをしていた。
…さながら、しなやかな黒豹のような森番だった。
その森番は鷹司家の使用人であったが、密かに紳一郎と深く愛し合っていた。
長い誤解と哀しい別離を経て、二人はようやく再会し結ばれたのだ。
…森番は、部を弁えている人物で決して表には現れなかった。
しかし、一度だけ学院主催の馬術大会にそっとその姿を見せたことがあった。
馬場馬術の競技に出場し、優勝した紳一郎を観に来たのだろう。
優美な正装の黒燕尾服を纏った紳一郎は表彰式のあと、優勝馬に跨ったまま、生い繁る樫の樹立ちの下…人目を避けるように佇んでいる森番の元に向かっていた。
ほど近い厩舎で上級生の馬の世話をしていた薫は、思わず身を潜めて見守った。
紳一郎は森番の前で馬を止めると、二言三言言葉を交わしていた。
…誰にも見せないような輝くような笑顔で…。
そうして馬上のまま、やや身を傾けて森番にキスをした。
森番はその大きな手で愛おしげに、しっかりと紳一郎の小さな貌を掴み、長く甘い口づけを与えていた。
…まるで美しくも艶やかな白昼夢のような光景だった。
…愛し合っている恋人の情景以外のなにものでもないそのキスは、しばらくずっと薫の胸にやや甘い騒めきを立てながら残っていたのだ。
…長い沈黙ののち、無機質な紳一郎の声が聞こえた。
「…十市は…昨年、赤紙が来て召集されたよ」