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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
…お腹が空いただろう?
そう言って紳一郎は暖炉の薪の上でパンを焼き、炙ったチーズを乗せて薫に勧めてくれた。
ライ麦パンは今や貴重なバターの風味もまろやかで、チーズは熱々に蕩けて頬っぺたが落ちるほどに美味しかった。
薫が大振りのひと切れを食べ終わった頃、紳一郎は静かに尋ねた。
「…で?薫はどうしているの?今…」
「…大学も休講ばかりで、家に居ます」
紅茶のお代わりも綺麗に飲み干しながら答えた。
「どうして疎開しなかった?
縣男爵は陸軍の大本営支部も兼ねた飯塚の炭鉱に詰めておられると聞いたよ。
光様は菫ちゃんと軽井沢だろう?」

さすがは情報通な紳一郎だ。
「暁人を東京で待ちたいんです。
みんな疎開したら、暁人の帰る場所がなくなるから…」
…暁人くんか…
紳一郎は記憶を手繰り寄せるような表情をした。
「…暁人くんは…確か学院を中退して、海軍士官学校に編入したよね?
…ということは…」
「この間、正式に出征しました。
士官学校在籍のままです。
暁人は成績優秀なのでもう少尉の階級を与えられたらしいです」
…白い海軍の軍服の胸に光っていた紀章を思い出す。

…「僕なんかが上官なんて…舐められないといいんだけどな。
海軍兵士達は荒くれ者が多いらしいから…」
品の良い貌に苦笑いを浮かべて、暁人は言ったのだ…。

紳一郎はその形の良い眉を顰めた。
「…まだ十八の若者を戦場に駆り出さなくてはならないほど、日本の戦況は悪化の一途を辿っているんだな…」

…その言葉を聞き、薫の胸に重苦しい不安が沸き上がる。


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