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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「夜分に失礼いたします!
こちらに縣様はおられますか!」
緊迫した声は…泉だ。
扉を叩く音が、間断なく続く。
薫は息を呑む。
「泉だ!」
「泉?」
「僕の執事です」
答えながら、礼拝堂の入り口に走る。
重い扉を押し開けると、待ち兼ねたように長身の男が駆け込んでくる。

「泉!」
黒い外套を身に纏った泉が、薫の貌を見るなりその場にしゃがみ込み、安堵の声を漏らした。
「薫様…!ご無事でいらした…!」
膝立ちになり薫の肩に手を乗せ、存在を確かめるかのように貌を覗き込む。
「なかなかお帰りにならないので、大紋様のお屋敷をお訪ねしたのです。
…そうしたら、とっくにお帰りになったと…」
「ごめん、泉…」
「もしや薫様はお近くの星南学院に向かわれたのではと、辺りを探しておりました。
すると、鳥居坂付近で機銃掃射の空襲があったと聞いて…血が凍りました…!
礼拝堂に灯りが見えたので、何かご存知の方がおられるのでは…と伺ったのです」

「ごめん、泉。
…機銃掃射に狙われそうになったのを、鷹司先輩が助けてくださったんだ」
泉の男らしい端正な貌が、厳しく引き締まる。
「だからあれほど私をお連れくださいと申し上げましたのに!
薫様にもしものことがあったら、私は生きてはおりません。
薫様のこの綺麗なお貌に傷のひとつでもつくようなことがあったら…自分を許せないでしょう。
本当にどこもお怪我はないのですね?
泉によくお貌をお見せください」

…相変わらず、泉は過保護だ。
薫のことをまだ七歳やそこらの子どもだと思っているのだ。
そんな泉をたまに司が、面白くないように遠くから見つめていることもあったっけ…。

「…泉…大丈夫だよ。僕だってもう大人なんだから…」
困ったように言い繕う薫の背後から、くすくす笑いが聞こえた。
「…これはこれは、聴きしに勝る過保護ぶりだね。
まるで姫君を護る騎士だ。
…ああ、これは…随分ハンサムな執事だね。
久しく忘れていたお伽話のように美しい世界だ…」
賞賛しているのか揶揄しているのかよく分からない。
…恐らくは後者なのだろう。

薫はため息を吐いて、背後を振り返った。
「…茶化さないでください。鷹司先輩」



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