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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「…鷹司様、僭越ですが…それは泊まり込みのお仕事となるのでしょうか?」
傍らの泉が尋ねた。
「そうだね。舎監の仕事は夜間の生徒たちの安全を守ることでもあるから、時には夜勤をしてもらうだろうね」
泉が表情を引き締めた。
「鷹司様。それでは薫様のご安全は保障されないでしょう。
薫様のお身を守る執事の私としましては、承知するわけにはまいりません」
「泉!」
驚いて泉を振り仰ぐ。
予想外に厳しい表情をした泉が、薫を見つめていた。
「先程、空襲で怖い思いをされたばかりでしょう?
戦況は今や最悪の一途を辿っております。
東京はいつ地上戦になってもおかしくはないほどです。
こちらに通われる間にまた空襲に遭われたらどうなさるのですか?
…薫様、泉と一緒にお屋敷に留まってくださいませ」

「そうやって君は薫の成長を妨げるのか?」
静かだが鋭い一言が飛んだ。
「先輩…!」
紳一郎の一重の切れ長の眼差しがひたりと薫を見つめる。
「…薫。
暁人や十市は今この瞬間、敵と対峙し命がけで戦っているんだ。
君も僕も彼らに恥ずかしくない生き方をしなくてはならないと思わないか?」
はっと息を呑む。
…暁人…。
そうだ…。
暁人は今、敵の艦隊に囲まれて必死に戦っているのかもしれないんだ。
…僕にできることは、暁人のために祈ること…。
それから…。

独り言のように呟く。
「…暁人は…言っていたんだ。
自分は日本の平和を取り戻すために、皆んなが笑って暮らせるために海軍に入る…て」
「…薫様…」
気遣わしげに薫を見つめる泉の手を強く握りしめる。
「…僕、やってみたい。
泉に守られてぬくぬく家にいるだけじゃ、暁人が帰ってきた時に威張れないよ。
僕みたいな落ちこぼれに何ができるか分からないけれど、誰かの役に立ちたい。
何かをしたいんだ」
「…薫様…」

ふっと、泉が表情を和らげた。
優しくくしゃくしゃと髪を撫でる。
…昔のように…。

「…いつのまにか薫様はご成長されたのですね。
ご自分ではなく他人のことを考えられるように…」
「…泉…」

…そうして泉は紳一郎の方に向き直ると、深く頭を下げた。
「…鷹司様。薫様を、どうぞよろしくお願いいたします」



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