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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「足元に気をつけろ。勾配が急だからな」
前を行く紳一郎は、軽やかな足取りで煉瓦造りの階段を上がってゆく。
「は、はい!
…礼拝堂の上に…こんな階段があったんですね…」
息を弾ませながら、薫は紳一郎のあとを追う。
…礼拝堂の内部は生徒には詳しくない。
奥の部屋は神父やシスターに厳重に管理されていたし、第一、敬虔なクリスチャンの子弟でもない限り、礼拝堂など辛気臭くて腕白盛りの少年たちには、週に一度のミサの日以外近寄りたくもないところだったからだ。
下から見ると、目が回るような螺旋状の階段が塔の上まで続いていた。
…というか、塔の上まで登れたんだ…。
薫は驚く。
…昼なお暗く狭い階段…。
もちろん電灯もない。
薫の前を照らすのは、先を行く紳一郎が手に捧げ持つ蠟燭の燭台だけだ。
こつこつと響き渡る紳一郎の革靴の音と、蠟燭の灯りに揺らめく彼の長い影…。
それだけを頼りに、懸命に登り続ける。
「…この階段…どこまで続いているんですか…」
脚ががくがくとし始め、息を切らして尋ねた時…
漸く踊り場に到着した。
…目の前には、小さな古びた扉らしきものが見えた。
「…ここ…塔の上…ですよね?
こんなところに部屋が?」
きょろきょろと見回す薫の手を、紳一郎が掴む。
…相変わらずひんやりと冷たい手だ。
「…秘密を守れるね?薫」
軽口など許されない真剣な眼差しだ。
「は、はい!」
薫は何度も頷いた。
紳一郎は小さく目で頷き、扉の前に立った。
密やかにノックする。
…トン・トトン・トン…
変速的なノックが数回続く。
…そうして…。
「…瑞葉さん、僕です。紳一郎です」
小さな声で囁いた。
…え?人が…いるのか?
薫は息が止まるほどに驚いた。
しばらくして、扉の真鍮のノブがゆっくりと動き出した。
木の軋む音…。
内部から柔らかなランプの黄金色の光が漏れ出す…。
…扉の中から現れた人物を見て、薫は息を呑んだ。
…ランプに照らされた蜂蜜色の長い髪…白磁より尚白い肌…
西洋の緻密で繊細なアンティークドールのように端麗な目鼻立ち…
そして…何よりも釘付けになったのは、極上のエメラルドよりも華やかに美しく印象的な翠色の瞳であった。
…このひとは…一体…?
茫然と固まる薫に、紳一郎が声を掛けた。
「…薫。紹介しよう。
こちらは篠宮伯爵のご子息、篠宮瑞葉さんだ」
前を行く紳一郎は、軽やかな足取りで煉瓦造りの階段を上がってゆく。
「は、はい!
…礼拝堂の上に…こんな階段があったんですね…」
息を弾ませながら、薫は紳一郎のあとを追う。
…礼拝堂の内部は生徒には詳しくない。
奥の部屋は神父やシスターに厳重に管理されていたし、第一、敬虔なクリスチャンの子弟でもない限り、礼拝堂など辛気臭くて腕白盛りの少年たちには、週に一度のミサの日以外近寄りたくもないところだったからだ。
下から見ると、目が回るような螺旋状の階段が塔の上まで続いていた。
…というか、塔の上まで登れたんだ…。
薫は驚く。
…昼なお暗く狭い階段…。
もちろん電灯もない。
薫の前を照らすのは、先を行く紳一郎が手に捧げ持つ蠟燭の燭台だけだ。
こつこつと響き渡る紳一郎の革靴の音と、蠟燭の灯りに揺らめく彼の長い影…。
それだけを頼りに、懸命に登り続ける。
「…この階段…どこまで続いているんですか…」
脚ががくがくとし始め、息を切らして尋ねた時…
漸く踊り場に到着した。
…目の前には、小さな古びた扉らしきものが見えた。
「…ここ…塔の上…ですよね?
こんなところに部屋が?」
きょろきょろと見回す薫の手を、紳一郎が掴む。
…相変わらずひんやりと冷たい手だ。
「…秘密を守れるね?薫」
軽口など許されない真剣な眼差しだ。
「は、はい!」
薫は何度も頷いた。
紳一郎は小さく目で頷き、扉の前に立った。
密やかにノックする。
…トン・トトン・トン…
変速的なノックが数回続く。
…そうして…。
「…瑞葉さん、僕です。紳一郎です」
小さな声で囁いた。
…え?人が…いるのか?
薫は息が止まるほどに驚いた。
しばらくして、扉の真鍮のノブがゆっくりと動き出した。
木の軋む音…。
内部から柔らかなランプの黄金色の光が漏れ出す…。
…扉の中から現れた人物を見て、薫は息を呑んだ。
…ランプに照らされた蜂蜜色の長い髪…白磁より尚白い肌…
西洋の緻密で繊細なアンティークドールのように端麗な目鼻立ち…
そして…何よりも釘付けになったのは、極上のエメラルドよりも華やかに美しく印象的な翠色の瞳であった。
…このひとは…一体…?
茫然と固まる薫に、紳一郎が声を掛けた。
「…薫。紹介しよう。
こちらは篠宮伯爵のご子息、篠宮瑞葉さんだ」