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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
薫は、目の前の麗人…篠宮瑞葉なるひとを凝視するように見つめながら、あるお伽話を思い出していた。

…ラプンツェル…グリム童話のラプンツェルみたいだ…。
古典的な美貌で描かれた美しい挿絵を思い出す。

黄金色の長い髪…美しい娘…意地悪な魔女に塔の中に閉じ込められた哀れな…けれど誰よりも美しい娘の幻想的な…幽かに哀しげなお伽話だ…。
…もっとも、瑞葉さんは男性だけれど…。

…けれどその姿は、性別を見極めるに困難なものだった。
蜂蜜を溶かし込んだような艶やかな長い髪は背中を覆い尽くしている。
上質な白いレースがふんだんにあしらわれたの裾の長いドレスは、さながら西洋の姫君の部屋着のように優雅だ。
小さな白い貌、硝子細工のように端麗に整った目鼻立ち、唇はピジョンブラッドの色に染まっている…。

…それにしても、このエメラルド色に輝く瞳の美しさはどうだろう。
薫は光が所持している様々宝石…とりわけエメラルドがふんだんにあしらわれたティアラを思い起こした。
パリのヴァンクリーフで作られたそれは、まさに選ばれたものだけに戴くことを許されたような気高いティアラであった。
その中で燦然と輝くエメラルド…。
それよりもなお、美しく優美な輝きを秘めた瞳を、彼はしていたのだ。


「瑞葉さん、紹介します。
こちらは僕の後輩の縣薫です。
僕の助手として、瑞葉さんのお世話を手伝ってもらうことになりました。
彼は大変に信頼の置ける青年です。
どうぞご安心していただきますように」

…え?瑞葉さんのお世話って?
戸惑いながら紳一郎を見上げるが、有無を言わさずに眼で促され、薫は瑞葉におずおずと手を差し伸べる。

「縣薫です。よ、よろしくお願いします…」

薫の手がそっと握り返された。
…体温など感じさせない人形のような無機質さを想像していた薫には驚くほどに温かな…柔らかな手の感触が伝わった。

「…篠宮瑞葉です。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします」
小さな声は、戸惑う薫の庇護欲を刺激するのに充分な可憐なものであった。

紳一郎が部屋の扉の鍵をかけ、二人を見渡した。
「…さて、薫。君に説明しよう。
なぜ篠宮伯爵家のご子息がこのような塔に囚われ人のように隠れ住んでいるのかを…。
…これは余りにも哀しい物語なのだ…」





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