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夜明けまでのセレナーデ
第1章 屋根裏部屋の約束
その言葉は、テーブルに居並ぶ人々の言葉を奪うに充分なものだったからだ。
…テーブルには、縣家の人々だけでなくパリから東京の大学に留学中で、この屋敷にホームステイしている風間司もいたが、彼もまた暁人をよく知る人物だったからだ。

「…暁人くんを…」
切なげに長い睫毛を伏せた司を、泉は気遣わしげに見つめる。

…司もまた、戦況とは無関係に優雅で美しい青年のままだ。
服装も白いシャツブラウスにボルドー色のリボンタイ、アメジスト色のジャケットと、ヨーロッパのファッション誌を飾るような洒落た様子であった。
長めの髪は琥珀色をしていて、そのミルクのように白い肌とよく似合っている。
母親譲りの美しい貌は一見大人しそうだが、実は内面は激しく滾る情熱を秘めているような青年であった。
…それを知るのはこの家の執事の泉他ならぬのだが…。

「…暁人は先日、江田島から軍艦に乗り正式に出征しました。
もちろんここにいる皆んなはご存知でしょう。
出征前に家に寄ってくれた時に僕は約束したんです。
僕はずっとここにいてお前の帰りを待つ…と。
約束を破るわけにはいきません。
僕はこの家で暁人の帰りを待ちます」

幾分柔らかくなった声で、光が語りかける。
「…薫。貴方が暁人さんを心配している気持ちはよく分かるわ。
でも、ここにいても暁人さんにしてあげられることは何もないのよ。
軽井沢で一緒に暁人さんの無事を祈りましょう」

「嫌です」
きっぱりとした声がすぐ様響いた。
「…僕は暁人に頼まれたんです。
絢子小母様を守ってほしい…と。
絢子小母様も、東京を離れないと仰って聞かないそうです。
暁人が危険な戦地に赴くと言うのに、自分だけ安全な場所に避難などしたくないと。
春馬小父様はお仕事がお忙しいからずっと小母様に付いている訳にはいかないでしょう。
だからもし僕が絢子小母様の側にいる時があったら、小母様を元気付け、守って欲しいと頼まれたんです」

流石の光もその言葉に、返す言葉を失くした。
絢子は暁人が海軍士官学校に編入し、江田島に行ってしまってからというもの、やや精神の平衡を乱しがちになっていた。
暁人を思い、泣いたり気持ちが沈んだりと情緒が不安定になりがちであった。
暁人を溺愛していた絢子なので、それは無理からぬことだと皆は周知していたのだ。




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