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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「そうなんですか?」
「…ああ、人当たりは良いし誰からも好かれる好人物の紳士に見えて、人を食ったようなところはあるし、わざと人を怒らせて楽しんでいるような悪趣味な持ち主さ。
…悪趣味…それに尽きるな!
加えてやたらに手が早…」
立て板に水の如くの悪口を並べて、はっと我に返り苦々しく咳払いをする。
「…青山さんの話はいい。
…とにかくこうして瑞葉さんは戦争が終わるまで、僕がお預かりすることになったんだ」
紳一郎は暖炉の前にしゃがみこみ、新しい薪をくべる。
「…それで…ここに?」
薫は部屋を見渡した。
…ここって…礼拝堂の屋根裏部屋じゃないか…。
もっと良い隠れ場所はなかったのか…?
薫の心を見透かしたかのように紳一郎がやや得意げに語り始める。
「さっきも言っただろう?
教会はアメリカ人にとっても聖域なんだよ。わざわざ標的にはしない。
それにここの管理は学院に任されているから警察も憲兵も立ち入らない。
格好の隠れ家なんだよ」
「…申し訳ありません。
紳一郎さんや…薫さんにご迷惑をおかけしてしまって…」
消え入りそうな弱々しい声が瑞葉の口から発せられた。
「…戦争中で、そうでなくとも色々と厳しい状況なのに…。
もし、このことが露見したら紳一郎さんにご迷惑がかかりますよね…」
儚げな憂い顔はとても頼りなげで、瑞葉は薫よりいくつか年上の筈だが、放っておけないような気持ちにさせる青年だった。
それは紳一郎も同じらしく、すぐに瑞葉に優しい笑みを浮かべてみせた。
「気になさらないでください。
無理ならお引き受けはしませんから。
ここの理事長は元海軍元帥です。
憲兵達も敷居が高くて近づきませんし、貴方お一人のお世話くらいどうということはありません。
…それに…」
立ち上がりながら、紳一郎ははっきりとした力強い声で告げた。
「こんなくだらない戦争はもうすぐ終わりますよ。必ず」
「…ぼ、僕もそう思います!戦争はすぐに終わります!」
瑞葉は嬉しそうにそっと頷いた。
三人の中に明るい空気が流れた。
…と、不意に部屋の扉が不規則に叩かれた。
次いで聞こえたのは秘めやかな男の美声だ。
「…瑞葉様。いらっしゃいますか?」
瑞葉が息を呑む。
大きなエメラルド色の瞳が見開かれ、きらきらと煌めいた。
「…八雲…!」
蜂蜜色の長い髪をなびかせて、瑞葉は戸口に走った。
「…ああ、人当たりは良いし誰からも好かれる好人物の紳士に見えて、人を食ったようなところはあるし、わざと人を怒らせて楽しんでいるような悪趣味な持ち主さ。
…悪趣味…それに尽きるな!
加えてやたらに手が早…」
立て板に水の如くの悪口を並べて、はっと我に返り苦々しく咳払いをする。
「…青山さんの話はいい。
…とにかくこうして瑞葉さんは戦争が終わるまで、僕がお預かりすることになったんだ」
紳一郎は暖炉の前にしゃがみこみ、新しい薪をくべる。
「…それで…ここに?」
薫は部屋を見渡した。
…ここって…礼拝堂の屋根裏部屋じゃないか…。
もっと良い隠れ場所はなかったのか…?
薫の心を見透かしたかのように紳一郎がやや得意げに語り始める。
「さっきも言っただろう?
教会はアメリカ人にとっても聖域なんだよ。わざわざ標的にはしない。
それにここの管理は学院に任されているから警察も憲兵も立ち入らない。
格好の隠れ家なんだよ」
「…申し訳ありません。
紳一郎さんや…薫さんにご迷惑をおかけしてしまって…」
消え入りそうな弱々しい声が瑞葉の口から発せられた。
「…戦争中で、そうでなくとも色々と厳しい状況なのに…。
もし、このことが露見したら紳一郎さんにご迷惑がかかりますよね…」
儚げな憂い顔はとても頼りなげで、瑞葉は薫よりいくつか年上の筈だが、放っておけないような気持ちにさせる青年だった。
それは紳一郎も同じらしく、すぐに瑞葉に優しい笑みを浮かべてみせた。
「気になさらないでください。
無理ならお引き受けはしませんから。
ここの理事長は元海軍元帥です。
憲兵達も敷居が高くて近づきませんし、貴方お一人のお世話くらいどうということはありません。
…それに…」
立ち上がりながら、紳一郎ははっきりとした力強い声で告げた。
「こんなくだらない戦争はもうすぐ終わりますよ。必ず」
「…ぼ、僕もそう思います!戦争はすぐに終わります!」
瑞葉は嬉しそうにそっと頷いた。
三人の中に明るい空気が流れた。
…と、不意に部屋の扉が不規則に叩かれた。
次いで聞こえたのは秘めやかな男の美声だ。
「…瑞葉様。いらっしゃいますか?」
瑞葉が息を呑む。
大きなエメラルド色の瞳が見開かれ、きらきらと煌めいた。
「…八雲…!」
蜂蜜色の長い髪をなびかせて、瑞葉は戸口に走った。