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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
男がこちらに向き直り、その靴音を立てることなくしなやかに薫の前に進んだ。
「…初めまして。八雲と申します。
瑞葉様の執事をさせていただいております」
胸に手を当てて慇懃にお辞儀するさまは礼儀に完璧に敵っており、まさに優雅で秀逸な執事の古き良き美しき姿だ。

「縣薫です。よろしくお願いします…」
今まさに熱烈なキスシーンを見せつけられた相手にたじろぎながら挨拶を返す。
しかし、男…八雲は気不味い様子など微塵も見せずに薫と対峙していた。

「縣は縣男爵の子息です。
男爵はご自身が経営されている炭鉱がある九州に、ご家族は軽井沢に避難されましたが、縣一人屋敷を守るために東京に残っているのです。
大変に気骨があり責任感のある後輩ですので、どうぞご安心ください」
「え?」
思わず紳一郎を見上げる。
…なんだよ、それ。
別に僕は家のために残っているわけじゃないし、暁人のために残っているんだし…。
それに…そんな重大な責任、やっぱり荷が重すぎる。
「…あの…」
口を開きかけた薫の靴を紳一郎が澄ました貌で踏みつける。
「痛っ…!」

八雲の瑠璃色の瞳が微かに優しく細められた。
…まるで吸い込まれるように美しい…けれどどこか謎めいた色の瞳だ…。
その瞳が、淡々と…けれど強い意志を秘めながら語り出す。
「ありがとうございます。心より感謝申し上げます。
縣様。どうか、瑞葉様をよろしくお願いいたします。
…瑞葉様は、私の命…いいえ、私の命など惜しくはないほどに大切なお方なのでございます」
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