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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「…紳一郎さん…」
「なんだ?薫。そんな貌をして」
授業を終えた紳一郎が控え室に戻ってきた。
濃紺のセーターに黒いスラックス、やや長めの美しい髪の紳一郎は教師というよりも大学生のように見える。

「…瑞葉さんと、今朝少しお話しました」
「ああ、麗しのラプンツェルね。
八雲さんと鉢合わせしなかったか?」
椅子に腰を下ろしながら悪戯めいた笑み交じりに言われ、少し腹が立った。
「…瑞葉さんと八雲さんの関係…あの…血縁関係とかの方の関係ですけど…」

「親子ってこと?
聞いてるよ」
さらりと言われ、唖然とする。
「え?知っていたんですか?」
「まあね。…二人の関係がどうもただの恋人同士というにはなんだか重苦しかったから、瑞葉さんに聞いてみた。
そうしたら打ち明けてくれた。
…ま、そういうこともあるだろう」
まるで珍しくもないことのように言われ、薫は眼を見張った。
「そんな!お、親子ですよ⁈親子がそんな穢らわしい…」
咄嗟に酷い言葉が口に出てしまい、慌てて口を抑える。

紳一郎は咎めることはしなかった。
…静かに薫を見上げると、ゆっくりと口を開いた。
「…穢らわしい…か。
確かにね。薫みたいに生まれも育ちも純白で、善意と綺麗なものだけに囲まれて育ってきた人間には、恐ろしく悍ましく感じるんだろうな…」
「そ、そういう意味じゃ…!」
紳一郎が優しく微笑う。
「分かっているよ。薫はおかしくない。
まっとうな人間の反応をしたまでだ。
父親と息子が愛し合うなど、鬼畜にも劣ることだ。
もちろん、褒められるようなことではない。
寧ろあってはならないことだ」

…けれど…
紳一郎がゆっくりと立ち上がり、薫の前に立つ。
「…人間の愛には様々な形がある。
それは美しく清らかなものばかりではない。
いびつに歪んでいて、眼を背けたくなるような禁忌に満ちたものでも、愛は愛だ」
「紳一郎さん…」

紳一郎は、ふと窓の外に眼を遣る。
…雪はまだ降りやまない。

静かに…さながら聖書を諳んじるかのように彼は呟いた。
「…薫。運命の愛の前で、人はあまりにも無力なのだよ…」


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