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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
「カイザー!」
青銅の門扉の隙間から、大型の黒いドイツシェパードが素早くすり抜け、一目散にこちらに向かって駆けてくる。

「カイザー!」
薫はシャベルを放り出して走り出した。

尻尾が千切れんばかりに振りながら、カイザーは嬉しそうに薫に飛びつき、貌を舐め回す。
「カイザー!どうしたんだ、お前。
まさかひとりで来たのか?」
雪の上に転がりながら、ずっしりと重く温かなカイザーを抱き留める。

「薫様。申し訳ありません。
カイザーがどうしても付いて来ると言って聞かなかったので…」
カイザーの背後から現れたのは、泉だった。
グレーの防寒コートに黒革のブーツ…すらりとした長躯に似つかわしく、頼もしい成熟した大人の姿が薫の前に佇み、優しく微笑んだ。

「…泉…!」
数日ぶりだと言うのに堪らなく懐かしく心強く…薫は子どものように抱きついた。
「…泉!会いたかったよ…!」
抱きつく薫を長く逞しい腕が、力強く抱きしめる。
「薫様…。
私もですよ。
貴方がいないお屋敷はまるで火が消えたかのように寒々として薄暗い…」
泉の革手袋を嵌めた手が、薫の頰をなぞる。
うっとりしたようにその男らしい瞳が細められる。
「泉にお貌をよく見せてください。
…ああ、やはり薫様はお美しい…!
まるで光り輝くようだ…!
…けれど、どことなく浮かぬお貌をされていますね」
「…そ、そうかな…」
泉は薫の身体全体を検分するかのようにじっくりと見渡し、素手なのに気づくと眉を顰めた。
「手袋もされずに雪かきなど…!
霜焼けが出来たらどうするのですか」
大きな両手で包み込み、吐息で温める。
そうして素早く自分の手袋を外し、薫の手に嵌めた。
「大雪になりましたので、薫様の防寒具をお持ちしたのです。
やはり来て良かった。
さあ、マフラーもされてください」
薫のほっそりとした首筋にキャメル色の温かなカシミアのマフラーを巻きつけ、泉はじっと見つめた。

「…薫様…」
「うん?」
「大丈夫ですか?
…何かお心を痛めることがあったのではございませんか?」
薫は息を呑んだ。





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