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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
…その男との邂逅は、ある日突然訪れた。
然も唖然とするような場面でだ。

「…紳一郎さん、生徒たちの配給リストを持っ…」
紳一郎の執務室にノック無しで入った薫は、目の前の光景に思わず立ち竦んだ。

…紳一郎を壁際に立たせ、彼を抱き込むようにその前に立つ男…。
堂々とした長躯の逞しい身体、洗練されたスーツに身を包み、洒脱な雰囲気を漂わせる中年の紳士の姿に、薫は見覚えがあったのだ。

いや、そんなことよりも…!

…二人は、キスをしていたのだ。
男は紳一郎の唇に濃密で淫らな口づけを与えていた。
「…んんっ……は…あ…ぁ…ん…」
…紳一郎の甘やかな濡れた声…
無理やり強いられているものではないことは明らかだった。
「…君は相変わらず可愛いな…」
…男が笑い交じりに囁いた…。
薫は自分の見間違いかと何度も瞬きを繰り返した。
けれど、その光景は夢のように消えはしなかった。

…唇がそっと離された。

やがて、男は慌てる様子もなくゆっくりと薫を振り返った。

「…おやおや、これはこれは…。
確か君は縣男爵の御令息でいらしたね。
昔、男爵邸で開かれたお茶会でお会いしたよ。
…あの麗しくも勝気な光様に楯突いていたからよく覚えている。
あの時は…そうだ、口喧しい家庭教師のポケットに蛙を入れてお目玉を食らっていたのだったな。
全く…あんな愉快なお茶会は後にも先にも一回きりだよ。
貴族の子弟らしからぬやんちゃな悪戯は私には大層微笑ましかったがね。
今は…ああ、あのやんちゃな天使が今では水も滴る美青年か…。
…ここには紳一郎くんといい瑞葉さんといい美しいひと達がよくも集まったものだ。
…美しいものがすべて排除された日本で…まさに奇跡だな」

男の大仰な賛美は実に饒舌であった。
薫は唖然とするばかりだ。

紳一郎は肩を竦め、男を邪険に押しやった。
そうして、物憂げに…艶めいた眼差しで流し目をくれた。

「相変わらず貴方は美童に眼がないですね、青山さん」

…青山…
そうだ。美術商の青山史朗だ…!
薫は漸く合点をいかせた。
青山は父、礼也と親交があった。
大らかでやや破天荒な明るい性格の青山と礼也は馬が合ったようなのだ。

…そして青山は…塔の上に匿っている瑞葉を紳一郎に託したという人物だ。

けれど、今問題なのはそれではない。
なぜ、青山が紳一郎とキスをしているのかということなのだ。


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