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ピアノ
第3章 雪の悪戯
一つクリアしたが、次は指。ピアニストにとって指は命。だから一刻の猶予もない。かじかんで真っ直ぐに伸びない指を、啓子は両手で包み、指一本一本を口に含んで温める。
エアコンが温風を送り出し、室内は汗ばむ程だが、幸一の震えは止まらない。セーターやズボンは雪が溶け、すっかり濡れてしまっている。
啓子は幸一の手足からそれらを引き抜いたが、下着もびっしょりと濡れていた。
雪の中を必死に歩いて来たのだろう。その時にかいた汗が冷えて、幸一の体力を奪っている。啓子は浩一を浴室に連れて行き、シャワーの湯で彼の体を温めた。啓子もずぶ濡れになったが、そんなことはどうでもいい。彼さえ無事であれば。
暫くして、浴室に湯気が立ち込めてきた頃、顔に血の気が戻り、震えも止まってきた。ちょうどバスタブに湯が溜まっていた。
「さあ、脱いで」
「いや、でも」
幸一は恥かしがるが、なりふり構っている場合ではない。「バカ」と下着を剥ぎ取り、裸にすると、「入りなさい」と湯に浸からせた。
啓子も着ているものはぐしょぐしょだ。このまま出る訳にはいかない。
「見ないでよ」と言って、その場で裸になると、濡れた物を抱えて浴室から出た。
しかし、女の一人住まいに男物の着替え等あるはずがない。
啓子はお風呂から上がった幸一を大きめのバスタオルで包むと、迷わず寝室に連れて行き、自分のベッドに寝かせた。それが彼を休ませる一番の方法だった。
「眠りなさい」
「うん」
顔色はまだ良くないが、しっかりした返事が聞こえた。