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戦場に響く鈴の音
第16章 意地
そんな場で、野菜を切ったり鍋を振ったりしている庖丁人達の間を器用にすり抜けて動き回る仔猫が居る。
「鈴っ!」
タイミングを見て声を掛ければ俺の声に向かって仔猫が駆け寄って来る。
「神路っ!起きたのか?」
俺の着物を掴み、匂いを嗅ぐように俺の腰の辺りに鈴が顔を埋めて擦り寄る。
俺に気付いた庖丁人の一人が多栄のように俺の前に来て跪く。
「既に料理は広間の方へ運ばせております。酒の手配も済んでおりますので今宵の宴はいつでも始めて頂けます。」
俺や雪南よりも少しばかし年配の漢…。
顔に見覚えがある。
「斉我(さいが)か?」
「ご無沙汰しております。黒崎様…。」
顔を上げた斉我が柔らかな笑顔を見せる。
雪南によく似た面持ち…。
斉我は雪南の長兄だ。
だが斉我は雪南のように冷たい表情は見せず、常に暖かな表情しかしない。
その為、年下の雪南よりも少し頼りなく見える節がある。
元蒲江当主の本来の嫡男と名乗れる斉我だが、戦場は苦手だと言い庖丁人としての路へ進んだ。
従って、今の蒲江の嫡男の扱いを受けてるのは次男の和希(かずき)となる。
蒲江としては三男の雪南を嫡男に推したいところだが、余りに特別な存在である雪南は黒崎に直接預けるべきだと判断された為に、蒲江でありながら蒲江ではない。
その代わり、黒崎の台所の采配を任された雪南は戦場が苦手な長兄の為に戦場には出る必要のない台所へと斉我を派遣する。
少し前までは黒炎の台所に勤めていた斉我…。
兄弟である雪南が斉我と会う事はかなり稀な事で、俺も僅かな回数しか斉我とは会ってない。
「本当に久しいな。」
まだ黒炎で斉我が台所見習いとして修行中の頃、拾ってくれた黒炎から逃げ出そうとした俺に優しい斉我は菓子を与えて
『大城主様にご心配を掛けてはなりませんよ。』
と諭してくれた覚えだけはある。