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戦場に響く鈴の音
第20章 我儘
「あれはあれで良いのだ。黒崎の主として私が相応しい態度を取る事が出来なかったのだからな。」
義父が寂しい笑顔を鈴へ向ける。
「おっ父は悪くない。おっ父は誰よりも強い人だ。」
義父の言葉に鈴が悲しげに呟く。
亡き妻だけの為に子を成さず、黒崎を自分の代で取り潰す覚悟を決めていた義父の事は知っている。
そういう義父のやり方は認めぬと御館様は俺を黒崎の嫡子とするようにと義父に申し付けた。
それらの事情を知らぬ鈴が悔しみに唇を噛む。
「鈴…、義父の為にも、そんな顔をするな。」
俺が鈴に言ってやれる事など、その程度しかない。
「でも…。」
「時代は変わる。秀幸の言う通りだ。その時代を誰が造り出すのかが重要なだけだ。」
「神路…。」
「鈴は義父の傍で笑ってろ。」
時代を造り出せる力を俺が手に入れれば良いだけの事…。
雪南はそのつもりで俺について来ている。
蒲江の末席に居ながら、俺が使えそうな家臣だけを見極めるように辺りを見渡しては酒のお代わりを用意させている雪南の姿に笑ってしまう。
「何がおかしい?」
義父が面白そうに目を開いて俺に問う。
「雪南がですよ。」
「気付いておったか?」
「ええ…。」
馬鹿みたいに酒を飲んで大声を出しているような家臣には、全く興味を持たぬ雪南が羽多野の周りに集まった家臣達には酒を惜しげも無く振る舞い続けている。
「やはり羽多野は人望が厚いな。」
義父ですら羽多野には感心する。
本来ならば羽多野が風真の後を継ぐべきだったが、風真の名を欲しがる家臣達が黒崎の内部で戦いを始めてしまった為に、風真の一門は離散を余儀なくされ、近江や木下をその後釜に据える事で黒崎は御家騒動を乗り切った。