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戦場に響く鈴の音
第21章 円満
正直に言えば、俺の忍耐は限界だ。
「彩里、少し口を閉じろ。」
自分の妻に命令を出す。
賢い雪南は俺の発言だけで一歩引く。
だが馬鹿な彩里は俺にまでも牙を剥く。
「ですがっ!」
「黙れっ!いつまで黒崎の当主の前で見苦しい姿を晒すつもりだ?笹川の領地には既に黒崎からは冬越えに必要だと思われる量の糧を送ってやっただろ。」
「ええ…、確かに…。しかしながら、それは民草に撒かれた物…、弟の手には米一粒すら届いておりませぬ。」
「どうせ弟は、そのばら撒いた米を搾取するんだろ?民の為に堪える精神すら笹川では持ち合わせてはおらぬと言うか?」
「民を護るのが武家の務め、その務めを果たす為に必要な米だと言ってるのです。」
「そうやって搾取され続ける民は野盗へ堕ちるだけなんだよっ!この俺みたいになっ!」
怒りが止まらずに目の前の机を蹴り上げていた。
キレた俺に義父は哀しみの瞳を向け、須賀と羽多野は俯く。
「黒崎様…、貴方はもう野盗ではない。民を救う力ある武家の者であります。」
俺を落ち着かせる為に雪南が俺の背中を摩って来る。
触るなっ!
誰も俺に近付くなっ!
自分の中で沸き起こる殺気を抑える事が出来ずに身体を小さくして刀を握ったまま長椅子に踞る。
切らねば自分が殺されるのだという思いを何度もした。
だから、俺に逆らう奴は切り捨てなければならないと本能が俺の理性を支配する。
「神路様…。」
俺に触れようとする迂闊な彩里の手を雪南が弾くようにして追い払う音がする。
「黒崎様に触れるな…、今の状況で黒崎様の妻だと満足が出来ぬような女子など黒崎様に触れる資格はない。」
低く唸るような声がする。
この部屋の気温すら下げそうなほどの冷たい声だ。
「雪南…。」
「ええ…、わかってます。すぐに母屋へ帰りましょう。貴方を待つ鈴の元へ…。」
雪南が俺を抱えるようにして離宮から出た。