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戦場に響く鈴の音
第3章 羽織
自分の命を賭けるものが何も無い俺に帰る場所など何処にも無いのだと秀幸に諭されただけだった。
御館様からの秀幸への質問で騒がしかった宴の雰囲気が沈黙へ変わる。
「場がシラケたな。」
御館様が苦笑いをして席を立つ。
「大城主…。」
家臣が一斉に御館様の身を案じて声を掛ける。
秀隆は闘神と謳われた武将であり、若き日の御館様に武の指南役をも務めた人物だった。
「私の事は気にするな。酔い醒ましに庭へ出る。黒崎、伴をしろ。」
御館様が俺だけを呼ぶ。
ほんの少し前までは俺が御館様の小姓であり、それが当たり前の事でまかり通っていた。
現在は元服を済ませた俺という存在が黒崎の名を継ぐには相応しくないと思う家臣が多く、ただの御館様の猫っ可愛がりだと俺を認めたくない家臣達が露骨に顔を歪める。
御館様はわかってて俺を庭へ連れ出す。
義父が居ない宴の席は俺には針の筵(むしろ)になるだけだろうと御館様は優しい笑顔のまま俺を誘い藤棚に向かう。
「すまなかったね。」
主の言葉として家臣に対して有り得ない言葉だというのに御館様は平然と俺に言う。
家臣の前で使う建前だけの薄っぺらな言葉では未だに俺へは通じないと思ってる。
「そんな事は…。」
俺ももうガキじゃない。
今の俺は物分りの良い家臣を演じる。
御館様がそんな俺を笑う。
「前のお前なら今日の様な謁見をすれば『どういうつもりだ。』と噛み付いて来たくせに…。」
御館様が言うのは事実。
言葉の綾でなく本当に何度も御館様の腕に噛み付いては御館様の手から逃れようともがいた。
今思えば、かなり恥ずかしいガキだった。
「昔の事です…。」
不貞腐れて御館様に言い返す。
今の俺は黒崎の家を継ぐのに相応しい人間だと大河に仕える家臣の全てに認めさせなければならない。