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戦場に響く鈴の音
第3章 羽織
俺自身がやるべき事がまだある。
それを成す為に愛が必要だと言われても俺にはわからないままだ。
月が黒炎の天守まで登り、宴が酣(たけなわ)になる頃に俺は直愛と雪南を伴い黒炎を後にした。
帰りの道中、輿から雪南を呼び付ける。
「雪南…。」
「はい。」
「余計な事を…。」
「自分は逐一、黒崎様の動向を報告しろと大城主より特別な任を仰せ遣っております故。」
「個人情報まで流すな。」
「お立場を弁(わきま)えて下さいまし。黒崎様の動向は他家の者より常に見張られております。」
雪南の言い分は最もだ。
俺が持つ黒崎嫡子という立場が気に入らない連中からすれば、謀反を企てた梁間の小姓を引き取るなど有ってはならぬ所業になる。
場合によれば俺自身が大河に謀反を企てるかもしれない疑いを持たせる事にもなりかねない。
俺はいつ、家臣達から足元を掬(すく)われてもおかしくない不安定な存在だ。
俺の自分勝手な行動は黒崎の義父が筆頭老中の座を引き摺り下ろされる覚悟の上の所存かと雪南は遠回しに俺を責める。
俺を責めながらも雪南は俺を守る為だけに御館様へ俺の全てを報告する。
俺が犯す間違いがあっても、たった一言、御館様が
『存じていた。』
と言えば他の家臣からの忠告など全く意味を持たね余計なお世話に成り下がる。
こうなると雪南の御館様への告げ口を暗に認めざる得なくなる。
誰も彼もが俺を半人前だと扱う。
どうにもならない苛立ちを抱えたまま黒崎の屋敷に着けば、屋敷が何やら騒がしい。
「お待ち下さいっ!」
玄関に俺や直愛を迎えるべき女中は現れず、奥で女中の叫び声だけが響き渡る。