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戦場に響く鈴の音
第3章 羽織
鈴を抱えたまま義父を見れば義父は穏やかに笑ってる。
「湯浴みをさせる為に、その子の羽織を女中が脱がせようとした途端に屋敷中を逃走されたので馬番まで動員して、捕まえようとしたが神路が捕まえてくれて助かったよ。」
ほっほっと呑気に笑う義父に力が抜ける。
「鈴っ!」
呆れるを通り越し、目一杯に鈴を叱る。
相変わらずの鈴は人の言葉を聞こうとせず、大きな瞳に涙を浮かべてこの状況が嫌だと言わんばかりに首だけを横に振る。
「すまぬ、直愛。上がって酒でも飲んで待っててくれ。」
俺の言葉で直愛の存在に気付いた義父が慌てて女中を呼び直愛を客人として出迎える。
直愛は義父に任せ、俺は鈴を抱えたまま風呂場がある屋敷の奥へと急いで向かう。
「鈴、俺が出掛けてる間に湯浴みをしろと言ってあったはずだ。」
「やだ…。」
膨れっ面の鈴が不機嫌に反抗する。
俺も散々、御館様に噛み付いた覚えがあるから仔猫に引っ掻かれたくらいは何とも思わないが、たかが風呂で鈴が駄々を捏ねる理由がわからない。
「風呂は嫌いか?」
俺の質問に鈴が首を横に振る。
「だったら何故、風呂に入らない?」
俺の質問に鈴が口を尖らせて俺が与えた羽織の前を固く閉じる。
「鈴…。」
「鈴の着物はこれしか無い。神路がくれたこの着物しかない。」
他に着物が無いから脱ぐのが嫌だと鈴が駄々を言う。
「着物ならある。」
「それは鈴の着物じゃない。」
「全て鈴の着物だ。その羽織と同じで元は俺の着物だったが俺にはもう小さくて着られない。」
「全部、神路の着物か?」
「そう、全ての着物を鈴にやる。だからその寝間着と羽織を脱げ。かなり汚れてる。」
「この着物はもう捨てちゃうのか?」
勘違いから離れて暮らす母親に飯を食わせようとした鈴。
鈴にとってたった1枚しかない汚れた羽織が俺達の手で捨てられてしまうと勘違いしてる。
親に売り買いされた鈴は俺達が鈴の存在を邪魔と判断すれば、いとも簡単に捨てるかもしれないと思ってる。