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戦場に響く鈴の音
第3章 羽織

「洗濯するだけで捨てはしない。」
それを言うだけで鈴が安堵の表情を見せる。
「そんなにその羽織が気に入ったのか?」
「初めてだったから…、鈴はこんなに綺麗な着物を着た事が無い。」
梁間の屋敷では、ずっと同じ白い肌襦袢しか着た事が無いのだと鈴が言う。
ご機嫌になった鈴は俺から飛び降りると見せびらかすように両手で羽織を広げてクルクルと回り出す。
鈴には大き過ぎる羽織なのに…。
羽根を広げた蝶が優雅に舞う。
「とっても…、綺麗…。」
鈴が初めて笑顔を見せた。
それは拙く儚い笑顔。
すぐにいつものぼーっとした鈴の表情へ変わる。
薄汚れた羽織だというのに鈴は宝物を扱うみたいに羽織ごと自分を抱き締める。
「鈴は風呂を済ませてから客間へ来い。直愛を待たせてる。」
鈴は納得したらしく小さく頷き俺が脱衣場を出るまで見届ける。
鈴の価値観を理解してやるのが俺の課題。
鈴は納得すれば言う事を聞く。
雪南のように当たり前を頭ごなしに言えば鈴は聞こえない振りをする。
気まぐれな仔猫にため息を吐き、直愛が待つ客間へ急ぎ向かう。
「あの子は?」
庭を眺めながら直愛が盃を軽く上げる。
「風呂が済めばここに来る。」
俺の言葉に直愛が微笑む。
「あの子は不思議な子ですね。」
「そうか?」
「驚くほどに綺麗で…、目を引く子だというのに今にも消えそうな儚さを持つ。」
直愛は詩人だと思う。
武に秀でた父親とは違い、物腰が柔らかく文に秀でた物言いをする。
「お前の方が鈴の主には向いてるかもな。」
感性が強い直愛の方が感覚だけで行動する鈴を理解出来る気がする。
俺では鈴を教育するには何かが足りない未熟者だと御館様にも言われたせいで自信がない。

