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戦場に響く鈴の音
第25章 家族
あいつの音は…。
不思議な音だと思う。
始めたばかりで明らかに下手だというのに、廊下で女中達までもが仕事の手を止めて聴き惚れる。
「ほらほら、夕餉の時刻が来るぞ。」
雪南が手を叩き、廊下に溜まった女中達を散らす。
「雪南…。」
鈴の音が邪魔かと問う前に雪南が
「ずっと同じ音が繰り返される。ですが嫌な音に聴こえない。琴とは不思議なものですな。」
と俺に向かってニヤリと笑う。
「うるさいと叱らないのか?」
「この冬は何かと黒崎様は忙しい。拗ねた鈴の相手まではしてられぬ。だったら琴くらい鳴らしたところで目くじらを立てるつもりはありませぬ。」
「やはり雪南も甘いな。」
「静か過ぎる屋敷よりも良いと思っただけです。」
俺と義父と雪南の3人だけで燕の屋敷に暮らしてた頃は、皆が留守なのかと思うほど静か過ぎる屋敷だった。
今は燕よりも狭い天音の屋敷だというのに、やたらと人が溢れて騒がしい。
「神路…。」
廊下の向こう側から義父が歩いて来る。
「御館様…。」
俺とは並んで話すくせに、義父の前では恭しく雪南が膝を付いて頭を垂れる。
「うるさかったですか?」
わざわざ俺の部屋の方まで出て来たという事は、叱られる覚悟が必要だと身構える。
「いや…、あれは琴の音だな。」
義父の確認に頷く。
下卑た音だと嫌う者も居る。
義父が音楽を聴くような人だという記憶が俺の中には無い。
「近くで聴くと鈴は嫌がるかな?」
義父が遠慮がちに聞いて来る。
「まだ下手ですから…。」
「だが、良い音だ。」
「義父なら、鈴は練習を見せると思いますが…。」
「では…、お前の部屋に行かせて貰う。」
若者の様にソワソワする義父を初めて見た。