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戦場に響く鈴の音
第3章 羽織
客人が居るというのに…。
呆れる俺に向かって寝間着だけは俺のお古に着替えた鈴がさっきの薄汚れた羽織を抱えたまま一目散に飛び付いて来る。
「今度は一体何事だ?」
俺がそう聞いても鈴は聞こえない振りをして羽織を握り締めたまま俺の膝によじ登る。
鈴を追い掛けて来た女中はここぞとばかりに鼻息を荒くして鈴への苦情を申し立てる。
「そのお召し物を洗濯しようとすると、持って逃げてしまわれるのです。」
長年、義父に仕えて来た古参の女中は自分が正しいのだと胸を張る。
「鈴、洗濯するとさっき言ったよな?」
「やだ…。」
「やだじゃない。汚れた着物をいつまでも着るな。」
「汚れてない。」
鈴が頑なに羽織を握り締める。
俺は再び鈴への説得を試みる。
「着物はたくさんあるだろ?」
「これがいい…。」
「だけど洗濯しなければならない。」
「しなくていい。」
伸び切った鈴の髪から雫が落ちる。
「お前、髪もまだ拭いてないのか?悪いが手縫いと櫛を持って来て貰えるか?」
鈴から汚れた羽織を奪う為に臨戦態勢で構えてる女中にそう言い付ける。
女中は不貞腐れたまま俺の言い付けに従う。
「なあ、鈴。今夜、あの女中に羽織を渡せば明日の夜には返って来る。洗濯とはその程度の事だ。」
「絶対に?」
疑いの目で鈴が俺を見る。
「俺は客人の前で嘘は言わない。」
直愛が見てるというのに鈴にくだらない嘘をついても仕方がない。
「大丈夫ですよ。あの女中から鈴殿の大切な羽織は神路殿が必ず取り戻してくれます。」
微笑む直愛も俺に加勢する。
鈴はまだ迷う顔で俺にしがみつく。