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戦場に響く鈴の音
第27章 道中



ふと、鈴が寂しい笑顔を向ける。


「鈴には菜の花の記憶などない。おっ母の顔すらも忘れた。あの音色しか、もう覚えておらぬ。」


それだけを言うと目を伏せる。

鈴が言う音色は、いつも弾く琴の音だ。

それも極僅かで部分的な音色であり、誰が弾いていた曲かすらわからないままだ。


「鈴は黒崎の娘だ。」


今の鈴はそれだけが唯一の慰めになる。


「そうだな。おっ父も神路も居る。雪南も多栄も…。鈴の家族は蘇の黒崎だ。」


笑顔を取り戻す鈴が前を向く。

鈴の言葉に多栄が嬉しげにはにかむ。

菜の花畑に風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。

幻想的で美しい景色だというのに懐かしさも何も感じはしない。

鈴が言うように俺も既に蘇の黒崎の人間だ。

未練など由には微塵も無い。

田畑を抜ける事で予定よりも早めに行軍が進む。

村と村の間にある広大な野原で夜営に入れば、俺用の天幕へと雪南がやって来る。


シッ──…。


人差し指を口に当て雪南に示せば、状況を察した雪南が俺と鈴の食事と文を置いて出て行く。

天幕に入るなり鈴が寝てくれた。

今日が無事に終わった事で張り詰めていた神経が溶けたのだろう。

雪南からの文はあちらこちらに走らせた馬からの連絡を纏めた報告を書いたもの…。

茂吉の部下に農民や商人のフリをして村々へ向かわせた。

田畑を抜ける為の取り引きの先触れでもあるが、村の様子も報告するようにと予め言ってある。

冬の訓練はその為に行った。

万が一、黒崎の手の者だと知った村人が襲って来た時は自力で突破して逃げる必要がある。

幸いにも、どの村でも茂吉の兵は受け入れられた。

その代わり…。


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