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戦場に響く鈴の音
第29章 使者
この決定は絶対だ。
黒炎には早馬で事後承諾の形になるが連絡済みの案件にした。
羽多野自身は自分が城主になる事を渋ったが、佐京に兵を譲って暁で余生を楽しめと言い含めてある。
由の民を救うには暁の城主を羽多野にする計画は絶対に不可欠だと雪南が出した結論だ。
暁の無血開城…。
羽多野が城主に治まり、孩里が自分の家臣達と兵を連れて城を出たのは、それから2日後の事だった。
孩里の兵は僅か2万…。
孩里を裏切り、次男の伯里に寝返った者が多いと孩里が言う。
「未熟な僕では父上のようにはいかぬと判断されたのはわかってます。それでも僕は僕なりに民を思いやって来たつもりなのに…。」
愚痴を零す孩里に状況を理解させるべく雪南が説教を垂れる。
「民がついて来ぬ主は主ならず。自分の幻想を民に押し付けたところで民は理解などしてはくれぬ。それは兵とて同じ。由の民である与一は黒崎様に付くと決めた。貴方も当主としてあらん事を望むならば黒崎様を見習いなさい。出来ぬなら当主を黒崎様に譲り自害なさるしか路は無いと思いなされ…。」
冷たく厳しい言葉だが事実だ。
理想だけで民が守れるなら戦など起きはしない。
民を守る力の無き者が当主に治まったところで民には迷惑なだけだと孩里は知らなくてはならぬ。
「なあ、兄ちゃん…。なんで兄ちゃん達はそんなに強いのに、由を攻めて手に入れようとしないのだ?」
多栄の馬に乗る与一が聞いて来る。
「無闇な戦は神路や鈴のような子が増えるだけだからだ。」
俺の代わりに鈴が答えれば
「鈴が売られた子だって本当なのか?」
と不安そうに与一が聞く。
「始めから鈴におっ父は居なかった。おっ母は病気がちで商人は鈴が働けばおっ母が飯を食えるようになると言うた。だが、それは嘘で鈴はその商人に売られる事となり、おっ母は飯など食えない状況のままだった。」
思い出したくない事を語る鈴が俺の着物を握り締めて俺の胸に顔を埋め表情を与一に見せぬようにと隠す。