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戦場に響く鈴の音
第35章 思惑
鈴がピンッと始まりの一弦が音を張れば、力強く深い振動が屋敷を震わせる。
だが、次の音に変わる時には始めの音を無意味に崩してしまう頼りない音が放たれる。
怯えている。
矢を射るかのように放たれた始めの音に鈴が怯えている。
怯えたまま奏でる音は静かな水面に投げ込まれた石を回収しなければという後悔や焦りだけしか感じない。
段々と鈴の眉間の皺が音を放つほど深くなる。
「鈴…。」
「わかっておる。下手だと言いたいのだろ?」
「違う…、そうやって怖がって弾けば、否が応でも下手な音にしかなりはせぬ。」
「鈴は何も怖くなどないっ!」
ムキになる鈴の音がますます乱れて崩れ始める。
「鈴…。」
鈴の手を琴から離そうと掴めば、鈴がその手を振り払う。
「わかってる。神路が言うように鈴は怖いのだ。鈴はまだ下手だから…、汐元様の屋敷で神路に恥をかかせてしまう。」
下手だからと言い訳をするが、本音は違うのだろう。
芸妓のように楽器を奏でるなど、下卑た姫だと言われる事を鈴は一番に恐れてる。
練習に使っていた琴なら、それほどの音は響かぬ。
しかし、汐元が鈴に与えた琴は屋敷の外まで音が広がる。
鈴も汐元に試されてる気分を味わってる。
だから逃げたいと思う。
鈴を連れて今すぐにでも逃げ出したいのだと伝わるほど鈴の手を強く握れば鈴が今にも泣きそうな表情を俺に見せる。
「聴くに耐えぬほど…、下手か?」
唇を噛み締めて自分の悔しさをぶつけて来る。
黒崎の領地では下卑た音色だろうが誰もが鈴の音を聴きたいと強請る姿があった。
ここでは、誰も鈴の音に足を止める者など居ない。
その扱いの違いに鈴は悔しさを滲ませる。