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異邦人の庭 〜secret garden〜
第5章 ペニー・レーンの片想い
…重厚な車内には耳障りにならない程度の音量で、ベルリン・フィルが奏でるワーグナーのワルキューレの騎行が流れている。
千晴はどうやら熱心なワグネリストでありワグネリアンのようだ。
屋敷の広い音楽室には、ヨーロッパから取り寄せた古いワーグナーのレコードや楽譜がぎっしりと収蔵されていた。
ピアノも嗜む千晴は、クラシックの知識や教養は音楽大学の教授並みに豊富で深い。
本人が弾くピアノも、もう少し専門的にレッスンすればピアニストを目指せたのでは…と感心するほどに巧みだ。
…だから、紗耶は千晴の前ではヴァイオリンを演奏するのが恥ずかしいのだ。
音楽の造詣が深い人が聴いたら、紗耶の稚拙なヴァイオリンのレベルが立ち所に分かってしまうだろう…。

千晴はハンドルを巧みに操りながら、柔かな様子で紗耶に話しかける。

「紗耶ちゃん。寒くない?ストール、持ってくれば良かったな…」
「いいえ、大丈夫です。
…あの…ごめんなさい。千晴お兄ちゃま。紗耶のせいでこんな夜遅くに…」
「気にしないで、紗耶ちゃん。
僕が迎えに行きたかっただけだから」
片手ハンドルで紗耶の手をそっと握りしめる。
びくりと震える小さな手に、しなやかに指を絡められた。
ひんやりとした美しい大きな手に、紗耶はまだまだ慣れることができない。
「家で心配しているより、ずっといい。
紗耶ちゃんと夜のドライブができて、僕は楽しいよ」
「…千晴お兄ちゃま…」
…お兄ちゃまは、やっぱりお優しい…。
紗耶の胸は甘く疼く。
「歓迎会はどうだった?楽しかった?」
「はい。楽しかったです。
皆さん優しくて面白い方ばかりでした。
…あ、私、焼き鳥を初めて食べたんですけれど、すごく美味しかったです!」
「へえ…。焼き鳥ね…。
分かった。明日の夕食に作って貰おう」
千晴の端麗な横貌が大真面目な表情になる。

「そんな…いいです。そういうつもりで言ったんじゃ…」
慌てて首を振ると、千晴は紗耶の手をぎゅっと握りしめた。
「紗耶ちゃんが好きなものは何でも知っておきたいからね。
…君の喜ぶ貌が見たいんだ」
千晴の微笑む美しい瞳と眼が合い…紗耶は、白いうなじを染めて俯いた。

…千晴お兄ちゃま…。
甘いときめきに酔いしれていると、その言葉が千晴の唇から聞こえてきたのだ…。

「…そうだ。紗耶ちゃん。
明日の土曜日…。お茶の時間に、紫織さんをご招待したよ」



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