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異邦人の庭 〜secret garden〜
第5章 ペニー・レーンの片想い
「…え…?」
「紗耶ちゃん、うちに来てからまだ一度も二宮のお家に帰ってないでしょう?
そろそろお母様に会いたいんじゃないか…と思ってね。
政彦兄さんは今、出張でニューヨークらしくて来られないんだけれど。
…どう?嬉しい?」
晴れやかな…無邪気な笑顔で尋ねられる。
「…ええ…。嬉しいわ…」
戸惑いながら、頷く。
「良かった…!
紗耶ちゃん、お母様に会えなくてずっと寂しかったんじゃない?
我慢してたでしょ?
仲良し親子だものね。
紫織さんもきっと同じだよ。
紗耶ちゃんに会いたくて仕方なかったんじゃないかな。
…本当は明日、お祖母様が軽井沢からお帰りになるはずだったから、お祖母様のためのお茶会を開くつもりだったんだ。
けれど、ご帰宅を来週に延ばされたからね。
それなら紫織さんにいらしていただこうと思って、さっき電話したんだ」
徳子は紗耶と入れ替わるように、ずっと軽井沢の別荘に滞在していた。
まだ人出が多くない春の軽井沢が、徳子はお気に入りなのだ。

饒舌に語る千晴からは、浮き浮きとした高揚感が伝わって来る。

一方、紗耶は心が沈み込むような重苦しい気分に襲われていた。

…さり気なく、千晴の手を離す。

…やっぱり…千晴お兄ちゃまは…。

「…千晴お兄ちゃまも…」
「ん?何?紗耶ちゃん」
ハンドルを操りながら、聞き返す。

「…千晴お兄ちゃまも、嬉しいでしょう…?
お母様にお会いできて…」

「…え…?」
千晴の整った目元が、僅かにぎこちなく瞬かれた。

「…なんでも…ないわ…。
ごめんなさい…」

千晴からの視線を避けるように、窓の外に眼を遣る。

…漆黒の闇の中、紗耶と千晴は二人きりだ。
けれど、千晴の心の中には、常に紫織が存在しているように思えてならなかった。
…今も、ずっと…。

紗耶はぽつりと呟く。

「…お母様に会えるのは嬉しいわ。
…千晴お兄ちゃま、ありがとう…」

安堵したような千晴のため息が小さく聴こえた。

「…良かった…。
紫織さん、きっと驚くだろうな。
紗耶ちゃんがすっかり高遠家に馴染んでいるから…」
その朗らかな声を、紗耶は例えようもなく遠くに感じるのだった。



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